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株式会社三井物産戦略研究所

トランプ新政権の採り得る経済政策は何か?

2016年12月9日


三井物産戦略研究所
北米・中南米室
阿久根裕司


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ドナルド・トランプ氏が第45代米国大統領に選ばれた。選挙の大きな勝因は白人労働者階層の怒りを巧みに代弁したこと、グローバリズムを否定しアメリカ第一主義を掲げ、工場の海外移転で失われた雇用を取り戻すと述べたことだった。本稿では衰退した米国製造業を復興させ中間層を厚くするためにトランプ新政権が採り得る政策を論じてみたい。

トランプ氏の大統領就任後100日計画

トランプ氏は10月22日に発表した「アメリカを再び偉大な国にするための大統領就任後100日計画」等の中で経済政策としては以下を列挙した。①TPPからの離脱、NAFTA再交渉または離脱、②中国を為替操作国に認定、③エネルギー資源生産規制の撤廃とエネルギーインフラ投資拡大、④国連の温暖化対策プログラムへの資金拠出停止、⑤オフショア禁止法案(製造拠点を海外移転させた企業に対し懲罰的輸入関税を賦課、⑥法人税減税(35%⇒15% or 10%)により海外に逃げた企業の内部留保の国内還流を促すこと等である。この計画は有権者の歓心を買うのには役立ったが、唐突に実行すれば貿易相手国から手痛い報復を受ける可能性が高く、当選後はトランプ氏自身も一部政策をトーンダウンさせている。

米国製造業衰退の経緯

製造業の復興(国際競争力の回復)は米国にとって重要テーマであり、近年は製造現場が省力化され直接雇用が減る傾向にあるものの、ある程度まとまった数の雇用を生む力や輸出による貿易収支改善効果も期待できることから米国経済の底上げに大きく貢献する可能性を秘めている。ただしトランプ氏のように具体的なシナリオを持たずに問題だけを喚起することは大変危険である。衰退の原因を十分に明らかにし、一方で復興の条件を慎重に探る必要がある。
米国製造業は2011年に中国に抜かれて世界第2位に転落した。1980年代に30%近くあった米国製造業の世界市場でのGDP付加価値シェアは2014年には17.2%に落ち込んだのだ(図表1)。また製造業が米国GDP全体に占める割合は1950年時点の26.8%から2015年に12.1%まで低下。さらに製造業の就労者数は1979年の1,942万人をピークに2015年には1,231万人となり711万人(36%)も減少した1。米国製造業衰退の原因は以下のとおりと考えられる。
①企業が巨大な米国市場に安住し、輸出意欲に欠け海外市場向け商品開発を怠ったこと。
②他国との比較で人件費が高いこと:1994年1月のNAFTA発効により多くの企業が賃金の安いメキシコ、カナダへ製造拠点を移した。特にメキシコは米国向けの自動車輸出拠点(2015年の米国向け輸出比率90%)であり、メキシコでの生産が増えるにつれて米国内の工場は減っていった(メキシコの自動車生産は1993年の105万台から2015年に356万台に増加、米国では2005年から2011年の間に自動車関連工場55カ所が閉鎖された2)。
③経済の金融化:1995年にルービン財務長官が「強いドル」政策を提唱、為替レートは1995年の1ドル当たり79.92円から1998年には1ドル当たり147.62円まで上昇した。「ドル高」政策は製造業の輸出意欲を削いだが、逆に金融業界にとっては外国からの資金還流を促がす利点があった。さらに1999年のグラス・スティーガル法廃止により商業銀行と投資銀行の兼営が許可されたことで米国経済は製造業中心から金融業中心へと大きくシフトし、優秀な理工系人材が製造業から金融業へ流れたといわれる。
④オフショア化:グローバル経済を前提として企業は国際的な製造バリューチェーンを構築した。例えばアップル社のiPhoneは中核部品だけを米国で製造し、大半の部品製造やアセンブリーは海外の委託先工場で行うために米国内にほとんど製造現場を持たない。
⑤中国のWTO加盟(2001年):これ以降米中貿易は急速に拡大したが米国の軽工業は衰退、2000年から2014年の間に米国内の製造業事業所数は7万8千カ所減少(22.2%)、2000年から2015年の間に雇用は486万人減少(28.3%)した。
⑥シェールガス革命の波及効果:シェールガス革命で競争力を得たガス化学産業だったが昨今の価格低迷によって一部工場新設が凍結され期待するほどの発展は遂げていない。

過去の対策

1980年代以降米国では産業競争力委員会およびその後継の米国競争力評議会が中心となり、米国経済を立て直し「双子の赤字」(経常収支の赤字・財政赤字)を解消する方策が練られてきた。1985年のヤング・レポートでは「米国は低賃金を梃に競争すべきではない」とした上で①新技術の創造と知的財産権保護「(通称)プロパテント政策」、②低貯蓄率の解消と安定的通貨政策、③労働者再就職支援と初等教育強化、④外国の不当な貿易慣行への対処強化を提唱した。2004年のパルミサーノ・レポートではグローバル経済化や製造業のサービス化(単機能の電話から多様なアプリケーションを搭載したスマートフォンへの進化が典型例)を念頭においてイノベーションの重要性が従来以上に高まったと認識し、①国家イノベーション教育戦略、②先端領域研究の再活性化、③多様な産業クラスターの創設等を提言している。かかる提言は自由貿易が進展すれば先進国・途上国はそれぞれ得意分野で棲み分けが起き、米国においてはイノベーションによって新しい産業を次々と産み出すことで世界経済全体のパイの増大に貢献できるとの考えに基づく。確かにメモリー半導体を捨てロジック半導体製造に特化したインテル等は国内にも製造拠点を残し製造現場の直接雇用が少なくなっても多くの間接雇用を生むことで地域全体に貢献しているし3、技術力で優位に立つ製薬や航空機産業も同様である。ところが米国経済全体を俯瞰すると依然として「双子の赤字」は増え続け(図表2)、自動車産業は世界市場の競争で日・独企業に敗れ、ラストベルト地帯の工場労働者の転職は進まず、サービス業は全体として製造業を上回るような高い給与が得られる職場を十分に増やせていない。さらにリーマンショック後はイノベーションのバロメーターともいえる起業そのものが減っているのである(製造業の起業は2000年以降の15年間で16千件、率にして45%も減っている4)。残念ながら米国では製造業の国内空洞化が進む一方で、全体としての産業高度化は道半ばの状態なのだ。

説得力のある経済政策ビジョンを示せるか?

トランプ新政権が真の意味で“Make America Great Again”を実現するために何ができるのか? 一つの答えが米国競争力評議会のレポート“Make: An American Manufacturing Movement”(2011年)の中にある。このレポートは過去の提言を踏襲しつつさらに一歩踏み込んで米国内に量産工場を増やすべきだと提言している。なぜなら量産工場には工場自体の直接雇用に加えて関係する企業・自治体の間接雇用も創出する波及効果があること(2011年に米国製造業は直接雇用11百万人に加え間接雇用7百万人を創出)、さらには貿易赤字解消の原動力(2011年の輸出全体のうち60%が製造業)となるからだ。だが量産工場への投資は技術開発ベンチャー投資に比べ金額が大きくリスクも高いため米国金融機関から敬遠されやすい。各種規制を撤廃して投資リスクを減らし、量産工場支援のための新たな長期金融システムの創設が必要だと指摘している。
米国は第二次大戦後に自由貿易の拡大を標榜して世界経済をリードしてきた経緯があり、自国内の製造業が衰退したからといって安易に保護主義に走れば、諸外国からの信頼を失い経済的覇権を自ら放棄することにつながり兼ねない(ただし米国の綿花輸出のようにWTO協定違反を指摘されながらも続いている農業輸出支援政策もある5)。またグローバル経済を前提として国際的な製造バリューチェーンを構築している企業の多くは製造拠点の国内回帰を望まないだろう。強いドルを梃に投資業務を拡大してきたウォール街も製品輸出に優位な極端なドル安政策は望まないだろう。
もしトランプ新政権が有権者の付託に応えて米国内の製造業を復興させたいのなら、これまでの経緯を十分踏まえた上で自由貿易主義を超える説得力のあるビジョンを示し、技術イノベーションから製品量産化までを一貫して支援するさまざまな施策(教育、先端領域研究、金融、知財保護、インフラ整備、通商政策、極端な租税回避の防止)を総合的に検討する必要がある。外敵を作って非難したり大減税を実施して後は企業や個人の裁量に任せるだけでは問題は解決しないだろう。従ってこれから具体化する人事の中でトランプ氏が経済政策全体の理論的支柱となるような存在を見いだせるかどうかが重要なポイントとなろう。


  1. 米商務省統計局および米労働省統計資料
  2. ミシガン大学2012年調査レポート
  3. Economic Impacts of Intel's Oregon Operations,2009 (ECONorthwest)
  4. 米商務省統計局 センサス資料
  5. 2005年にWTO紛争委員会は「綿花に対するアメリカの補助金はWTO協定違反」との裁定を下したが、米国は綿花を含む農業補助金制度を継続している。

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