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株式会社三井物産戦略研究所

新興企業の台頭で成長する中国のサービス産業

2016年11月8日


三井物産戦略研究所
産業調査第二室
酒井三千代


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中国サービス産業の成長の背景

2015年末の世界の時価総額上位5,000社を見ると、中国企業(香港を除く)が1,107社を占め、2000年の326社から大幅に増加している。5,000社の時価総額全体に占める中国企業の構成比も、1.3%から13.6%へ拡大している。内訳を見ていくと、2000年には石油や鉄鉱などの資源や素材系の企業が中心で、2000年代半ばからは、政策的に国有企業の民営化が進められた金融業が増加している(図表1)。2015年末には、不動産、小売り、コンテンツ・メディア・広告、レジャー、教育などさまざまな分野のサービス産業の企業が成長してきているが、アリババの前年の上場などを受けて、インターネットサービス企業のプレゼンスが拡大している(図表2)。
サービス産業の成長の背景には、13億人という巨大な人口規模に加えて、急速な経済成長と所得水準の向上がある。中国では1人当たりGDPが2000年の4千ドル弱から2015年の1万4千ドル1に成長しており、この間、自動車販売台数は209万台から2,460万台へ、小売り売上高は6.7兆元2から30.1兆元へ拡大している。サービスの領域でも、映画の観客動員数が2015年には2005年の7.9倍の延べ12.6億人へ拡大している。旅行市場も成長しており、2015年の国内旅行者数は2000年の5.4倍の延べ40億人に達している。
加えて、政策的な後押しもサービス産業の成長の要因となっている。小売り、物流、レジャー施設、映像やゲームなどのコンテンツといった多くの分野で外資の参入を規制してきた結果、Eコマースを展開するアリババや、映画館などレジャー施設を展開する不動産系コングロマリット大連万達集団(ワンダ・グループ)など国内のサービス企業が成長した。また、2000年代に入り、ICT分野を強化する方針が段階的に打ち出され、通信インフラが拡充されたことが、インターネットサービス業の成長につながった。2000年には2,250万人であったインターネット・ユーザー数は、モバイル端末の普及もあり、2015年には6億8,830 万人と普及率が5割を超えてきている。情報統制の目的で、GoogleやFacebookなどの検索・情報サイトを規制したことは、検索サイトを展開するバイドゥやSNSを展開するテンセントなどへの追い風となった。

企業と起業家の成長

経済発展や政策の効果に加えて、個性的な起業家が登場してきたこともサービス企業の成長を加速させている。1980年代には、製造業や不動産などの分野で、ビジネス経験や学歴をバックグラウンドとしないパイオニア的企業家が登場している。青島市政府・家電部門の副マネージャーであった張瑞敏(Zhang Ruimin、1949年生まれ)は、1984年にハイアールの前身3である青島冷蔵庫工場にDirectorとして就任後、経営難が続いていた同工場を立て直し、世界的な白物家電グループへと成長させた4。また、ワンダ・グループを1989年に創業した王健林(Wang Jianlin、1954年生まれ)は、元軍人で、大連で立ち上げた不動産事業から一代で巨大コングロマリットを築き上げ、2016年にはForbesが発表した世界の富豪ランキングにおいてアジアでトップとなっている。同社のサービス事業には、2012年に米国2位の映画館チェーンAMCを買収することで世界最大となった映画館チェーンや映画制作関連で構成される映画事業のほか、ホテルやショッピングセンター、ゴルフ場やスキー場、劇場、医療機関などを含む大規模リゾートやテーマパークがあり、これらの事業展開を加速している。
1990年代には、鄧小平の南巡講話で刺激された、元政府機関職員や教育・学術研究者による起業が多く見られた。元北京大学英語教師の兪敏洪(Yu Minhong/Michael Yu、1962年生まれ)は、1993年にTOEFL試験対策の英語塾を軸とした新東方教育科技集団(New Oriental Education & Technology Group)を創業し、中国全土に748のラーニングセンターを有し、年間360万人(2016年度)が学習する中国最大の学習塾チェーンを築き上げた。
彼らと比較し、2000年前後に登場した起業家は、創業から早い段階で国外展開を志向する傾向が強い。2001年のWTO加盟もあって、国外での展開が視野に入ってきたためと考えられる。その典型として1998年にテンセントを創業した馬化騰(Pony Ma、1971年生まれ)、1999年にアリババを創業した馬雲(Jack Ma、1964年生まれ)や2000年にバイドゥを創業した李彦宏(Robin Li、1968年生まれ)がおり、多くはインターネット関連の事業で起業している。米国留学や海外でのビジネス経験を持つ起業家は少数ではあるものの、ビジネス経験豊富な米国人などの人材を積極的に経営幹部として採用し、ノウハウを取り入れている。
2000年代半ば以降は、モバイル・インターネットサービス分野でこれまでにないスピードで起業家が生まれている。中国では高等教育の就学者や留学生が増加しており、2013年の就学者数は3,400万人(就学率30%)と2000年の5倍へ拡大、また2013年の中国人留学生数は70万人を超え5同5倍に拡大している。教育水準が高く、国際感覚を持つ人材が急増しており、そこから起業家が育ってきているものと考えられる。

ビジネスモデルのコピーからイノベーション創出へ

こうして新たに誕生したサービス企業の多くは、米国生まれのビジネスモデルを中国に持ち込むことで成長してきている。これまで挙げた企業以外にも、中国版YouTubeの優酷網(Youku、2015年にアリババが買収)、中国版Uberの滴滴出行(Didi Chuxing)、有料番組配信サイトNetflixの中国版の楽視網信息技術(LeEco)、旅行予約サイトExpediaの中国版の携程(Ctrip)、民泊サービスAirbnbの中国版の途家網(Tujia)、レストラン評価ほか情報サイトYelpの中国版の大衆点評(Dianping、テンセントが20%株式を保有)など、生活インフラや娯楽領域でサービスを展開している企業が急成長している。
成長した企業のビジネスモデルは米国企業のコピーともいわれるが、中国市場に適合させたオリジナリティのあるサービス展開で、成功した例も目立ってきている。例えば、アリババが2009年に開始した小売りイベント「双十一」(通称:独身の日)は、2015年には1日で912億元を売り上げる一大消費者イベントへと成長している。また、テンセントは、Facebookのメッセージアプリなどに先駆けて、メッセージアプリ微信(WeChat)とゲームやEコマース、タクシーや宅配、決済サービスなどさまざまな生活関連サービスを連動させることで、9億人が利用する社会インフラへと成長した。また、アリババやテンセントが、決済アプリに、資産マネジメント、ローン、保険商品をリンクさせるなど、両社がしのぎを削ってサービス領域を拡充した結果、中国のインターネット金融サービスの利用者数は世界最大となり、5億人を超えてきている。
そうしたなかで、新たに企業を育てる仕組みもできてきている。革新的な技術・サービスの発信地として世界的に知られる米国のシリコンバレーには、技術の民間企業への移転に積極的な大学や研究機関、技術力のある優秀な人材、リスクマネーを提供するベンチャーキャピタルやエンジェル投資家が集積し、起業家を支える仕組みが構築されている。また成長した企業が投資家としてこの仕組みに参加するという循環もある。中国でも、成功した起業家が若者の起業家精神を鼓舞するのみならず、アリババやテンセントなど大企業が、実際にスタートアップを支援しており、北京、上海に加え、テンセントの本社所在地でもある深圳でも、シリコンバレーに似た仕組みが生まれている。
OECD統計によると、2013年の中国の産業部門による研究開発費は2,488億ドル(PPPベース、名目)と、同年同部門の米国の研究開発費2,781億ドルに迫っている。研究開発規模も拡大するなかで、今後は、ヘルスケアや娯楽の分野など、インターネットのみでは解決できないさまざまなサービス分野で新興企業が台頭し、中国内の産業構造の高度化が進むことや、中国発のイノベーションが世界的に広がることも期待されている。


  1. 2015年価格のPPPベースの実質値。
  2. 2015年価格の実質値。
  3. ハイアールの前身の企業が創業されたのは1920年代。
  4. 張氏は1995年に中国科学技術大学で経営学修士を取得している。
  5. ユネスコ統計。

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