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株式会社三井物産戦略研究所

中国は自縄自縛から抜け出せるか-G20後の対外関係と市場開放-

2016年10月5日


三井物産戦略研究所
アジア・中国・大洋州室
岡野陽二


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自らの強硬姿勢で不利な状況を創出

中国が議長国として臨んだG20首脳会議が2016年9月4~5日、浙江省杭州市で開催された。中国は以前からG20は経済を議論する場としており、今回は世界経済における自国のリーダーシップを示す絶好の機会であった。しかし、一番の注目は南シナ海という安全保障上の問題が取り上げられるかどうかに集まった。
こうした状況を作り出したのは中国自身でもある。最大の要因は中国の南シナ海権益をほぼ全面的に否定した7月の仲裁裁判所の裁定への対応だ。確かに中国は当初からフィリピンが提訴した仲裁裁判の正当性を認めておらず、いかなる裁定も無視すると公言してきた。しかし、裁定発表直後に会談したEUのトゥスク大統領に裁定尊重を促された習近平国家主席が、中国の権益は裁定の影響を受けず、裁定に基づくいかなる主張や行動も受け入れないと明言し、予定された共同声明発表も中止となったことで、強硬路線が既定化してしまった。さらに、王毅外交部長をはじめとする政府高官が裁定を「政治的茶番」「紙くず」と評したことで、国際法や法の支配に敬意を払わない中国の異質さを際立たせた。トゥスク大統領が「ルールに基づく世界秩序は共通の利益だが、意味するところは中国と異なる」と述べたように、中国の対応は特に欧米先進国で共通のルールに基づく折衝が困難な国との印象を強め、不信感を高める結果となった。
不信感の一端は、G20より先に中国企業の海外投資案件で表出する。英国政府は7月末、同国南西部ヒンクリーポイントにおける原子力発電所の新設計画の最終承認を延期した。中国国有の原発企業が3分の1出資で参画することに対し、もともと中国企業の巨額の対英投資に慎重とされるメイ首相が安全保障上の懸念を強く抱いたためとされる。8月11日には、豪政府がシドニー等への送電事業を手掛ける電力公社オースグリッドの売却につき、応札した中国企業への売却を差し止める決定を下した。応札者は中国国有で送電最大手企業を含む中国系2社で、豪政府は安全保障上の理由としている。
中国はこうした判断を保護主義だとして批判している。しかし、中国自身も土地取得、送電、通信、放送等の領域では規定や運用により外資系企業の投出資を厳しく制限している。国家安全にかかる分野での外資参入は程度の差はあれ各国も制限しているが、途上国とはいえ米国と並ぶ大国を自任し、南シナ海裁定を無視した中国による批判は「力を背景にした不当な圧力」と受け止められやすいのが現状だ。英国のケースで、中国の駐英大使はフィナンシャル・タイムズに寄稿、計画見直しは両国の信頼関係を損なうと強い調子で英国政府を牽制し、メディアは「警告」と報じた。最終的には英国政府の関与を深める条件付きで承認されたとはいえ、こうした中国の対応は「対中警戒感が強く、プライドの高いメイ首相には逆効果」(英国のコンサルタント)でしかなかっただろう。
他方、欧米が原則として市場開放している分野について、中国の市場開放の不十分さを指摘する声が高まっている。在中国EU企業の商工団体は9月1日、中国に相互主義に基づく市場開放を求める報告書を発表した。中国企業が金融、自動車、ロボット、インフラ等の分野で欧州トップ企業を買収する一方、欧州企業は同様の分野での対中投資を大きく制限されているとしている。同日、米国商工会議所もICT、ネットサービス分野における中国を含む各国の外資に対する排他的政策の問題点を指摘する報告書を公表した。
これに対し中国の外交部報道官は、海外からの対中投資は増加しているとし、中国は理想的投資先だと反論した。また、関係各国に中国の投資環境を客観、公正に評価するよう要求する一方で、中国企業に公平で透明性のある投資環境を提供し、安全保障にかこつけて投資を阻害しないよう求めた。こうした応答は、領土をめぐる問題と同様、中国は自国の権益のみを強く主張し、相互主義や互恵主義といった共通のルールを軽視しているとの印象を与えるもので、中国企業の貿易や海外投資にも不利に働きかねない1
通商面では、12月にWTO加盟から15年が経過する中国の市場経済国認定問題が指摘できる。認定されない場合、中国はダンピング審査等で不利な扱いを受けるが、年央頃まで認定の方向に傾いていたEUは、足元では認定するか否か微妙な情勢だ(米国は一貫して容易に認定しない立場)。中国を共通のルールに基づく市場経済国と認定するかどうかの判断に、南シナ海裁定に対し中国が見せた反応がネガティブな影響を与えている可能性は否定できない。

G20を乗り切った中国

こうしたなかで開催されたG20首脳会議は、中国からすれば成功裏に終えたといえる。焦点の一つであった南シナ海問題については、中国が関係国に対し2国間会談での言及にとどめるよう働きかけた結果、全体会合では言及はなく、議論は国際経済の発展に絞られた2
首脳宣言については、国際経済が抱える課題と対応を総花的に盛り込んだ内容でまとまった(図表)。中国が当初、宣言に盛り込むことに反対したとされる鉄鋼等の過剰生産能力問題は、世界的課題との認識の共有と、関係国が情報共有や協力を行うフォーラムの設立が記された。ただ、この問題は中国自身が重要政策課題と認識し過剰生産能力の解消に取り組んでおり、宣言は中国に新たな対応を迫るものではない。
習主席と各国首脳の二国間会談も無難にこなした。安全保障、人権等、多くの懸案を抱える米国に対しては、オバマ大統領のレガシーとなる地球温暖化対策「パリ協定」をそろって批准し、協調を演出した。東シナ海、南シナ海問題で対立する日本やTHAAD(高高度防衛ミサイル)配備で関係が急激に冷え込む韓国についても、事前にハイレベルでの調整を行った結果、ほぼ全ての首脳と会談するなかで重要な隣国と会談しないという事態は回避した。いずれの会談でも懸案についての議論が平行線だったのは、中国も想定内だ。各国の議長国に対する配慮もあり、中国はG20での争点管理に成功しメンツを保ったといえる。

中国はルール重視の姿勢を示せるか

G20を乗り切った中国は、対外関係では従前に増して強硬な姿勢で挑む可能性が高い。次期共産党の指導部人事が決定される2017年秋の党大会まで残り約1年となり、中国は党内部で激しい駆け引きが展開される政治の季節となる。弱腰とみられることは政治的にマイナスで、どの層も対外的には強い態度を示すモメンタムが働きやすい。
安全保障面で中国の譲らない姿勢は鮮明だ。G20初日の9月4日、フィリピン政府は同国の排他的経済水域内にあるスカボロー礁(中国名・黄岩島)で、軍の輸送艦やしゅんせつ船とみられる中国船10隻を前日までに確認したと発表した3。中国の外交部は「新たな動きではない」とするが、米国大統領も訪中しているG20の最中にこうした動きを取ることで、実効支配強化への強い意思を示すのが狙いだろう。
G20直後にラオスで開催されたASEAN関連首脳会議も、概ね中国ペースで展開された。中国とASEANの共同声明は「(紛争は)直接の関係国による協議と交渉で解決」としており、中国が日米の関与を牽制した格好だ。フィリピンのドゥテルテ大統領自身が言及しなかったことで、南シナ海裁定の存在感も薄れつつある。同裁定を無視してもなお、G20、ASEAN関連首脳会議を自国ペースで乗り切ったことで、中国は自信を得たであろう。日本や韓国との間でも、中国が東シナ海やTHAAD配備で譲歩する可能性は極めて低い。
一方、経済を見ると、世界第2位の経済大国となった中国の対外投資や市場開放、規制緩和に対する期待は高まる一方だ。こうしたなかで、中国が自国企業の投資を受け入れるよう圧力をかけたり、国内での保護主義的対応を正当化する姿勢を取り続ければ、安全保障面での強硬な姿勢と相まって、中国は同じ価値観やルールが共有できない国という認識が経済面でもさらに増幅する。自らの譲らない姿勢により欧米先進国との間で摩擦を惹起しやすい状況を生むことは、中国にとっても得策ではない。
中国のリーダーシップで取りまとめたG20首脳宣言には貿易、投資での「あらゆる形態の保護主義に反対」との文言が含まれる。習主席はG20に先立ち開催されたB20(ビジネスサミット)で、外資規制をさらに緩和し、良好なビジネス環境を全力で整備すると発言している。G20議長国である中国が相互主義の観点から自国の保護主義的制度を見直すことは、各国の利益になるだけではなく、中国にも経済的利益をもたらし得る。それ以上に、安全保障面で妥協できないなかで、少なくとも経済面では欧米先進国と共通のルールを重視し、海外の声に耳を傾けるという協調的な姿勢を示す意味は大きい。中国にとって一層の市場開放は、安全保障での対応が経済面で自国に不利な状況を生み出すリスクを緩和するという点で、一定の戦略的メリットをもたらすはずだ。


  1. 例えば、豪州の議会図書館は8月末からの下院議会の主要議題ブリーフィング資料で、中国政府が提唱する「一帯一路」の政治的、戦略的な狙いを指摘、南シナ海における中国の主張を前提とした戦略だとの見方を紹介した上で、中国との経済関係の深化は注意深く進めるべきとしている。
  2. 安倍首相は貿易の基礎となる海洋における航行の自由や法の支配について言及したが、反応した首脳はなかったとされる。
  3. 中国は同礁を実効支配しているが、造成工事には未着手。米国は同礁での造成開始を強く警戒している。

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