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株式会社三井物産戦略研究所

サブサハラ・アフリカのテロリズム情勢-その増加の構図-

2014年6月12日


三井物産戦略研究所
中東・アフリカ室
白戸圭一


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近年のサブサハラ・アフリカ(以下単にアフリカ)では、イスラム主義武装勢力によるテロが増加傾向にあり、企業がアフリカにおいてビジネス等を展開する上でのリスクとなっている。本稿では、テロの発生状況を概観した上で、テロが増加した背景を考察し、今後の情勢を見通す手掛かりとしたい。

テロの脅威が顕在化している3地域

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アフリカで近年、イスラムテロの脅威が顕在化している地域は、次の3つに大別できる(図表1)。
第1はソマリア、ケニアを中心とする東アフリカ地域で、ソマリアで2007年1月に結成された「アル・シャバーブ」の活動が続いている。同組織は2011年8月までソマリアの中部・南部の広い範囲を支配していたが、ソマリア政府とアフリカ連合ソマリア平和維持部隊(AMISOM)の掃討作戦で、現在は南部の一部地域を支配するだけとなった。ただ、アル・シャバーブはソマリア各地で今も爆弾テロを実行しつつ、AMISOMに派兵している隣国ケニアでの活動を活発化させており、2013年9月には首都ナイロビの商業施設を襲撃し、外国人18人を含む67人が犠牲になった。最近では2014年5月3日にケニア東部のモンバサ、翌4日にナイロビでバスが爆破され、アル・シャバーブの関与が疑われている。
第2の地域はナイジェリア北部から東部である。北部のボルノ州で2002年に誕生した「ボコ・ハラム」が武装闘争への傾斜を深め、2011年には首都アブジャの国連施設などに爆弾テロを仕掛けるまでになった。ジョナサン大統領が2013年5月、北部3州に非常事態宣言を発令して摘発を強化した結果、活動拠点はカメルーン国境に近い東部の山岳地帯に移った。現在も爆弾テロを継続する一方、住民に当局への協力を思いとどまらせるために、集落を襲撃して虐殺や略奪を働く頻度が増している。2014年4月には総計200人超の少女を拉致する事件を起こし、米政府が救出チームを派遣したことで国際的な注目を浴びている。
第3の地域は、1990年代にアルジェリアで誕生した「イスラム・マグレブ諸国のアル・カーイダ(AQIM)」に代表される過激派が、マリ、ニジェール、モーリタニアなど複数の国をまたぐ形で活動している西アフリカのサハラ砂漠である。AQIMは2012年4月、土着の過激派組織「アンサール・ディーン」などと共闘してマリ北部に実効支配を確立し、「テロの聖域」の出現に危機感を抱いた旧宗主国フランスが翌2013年1月に軍事介入した。AQIMから分派した勢力は同じ月にアルジェリア南部の天然ガス関連プラントを襲撃し、日本人10人を含む38人が死亡した。マリ北部からアルジェリア南部での戦闘は継続中で、2014年3月に仏軍が空爆で過激派連合のリーダーの1人を殺害。5月初旬にはアルジェリア軍がマリ、リビア、チュニジア出身の過激派戦闘員計10人を殺害している。

安全上の脅威は「紛争」から「テロ」へ

アフリカにおけるイスラムテロの発生自体は、決して新しい現象ではない。かつてアフリカで発生したイスラムテロの先例としては、ウサマ・ビン・ラーディン指揮下のアル・カーイダが1998年8月、ケニアとタンザニアの米国大使館を自爆テロで攻撃した事件や、2002年11月にモンバサでイスラエル系ホテルが爆破された事件などがある。
しかし、近年のアフリカで発生しているイスラムテロには、こうした過去のテロとは明らかに異なる点がある。大使館爆破事件、モンバサのホテル爆破事件を首謀したアル・カーイダのメンバーは、アフリカ域外の出身者たちであった。ケニアやタンザニアがテロの舞台となったのは、警備の甘さに象徴される両国政府のガバナンス能力の低さを突かれたからであり、両国はアル・カーイダの反米闘争に巻き込まれた立場であった。
これに対し、近年のテロは、アフリカ大陸の中で誕生、発展した組織が、アフリカの市民を標的にしている。換言すれば、かつてのイスラムテロがアフリカ域外から持ち込まれたものであったのに対し、近年のテロは内発的な暴力の様相を呈しているのである。
アフリカの安全保障問題を考える上で着目すべきもう一つの問題は、紛争の減少と反比例する形でイスラムテロが増加している点である。周知のとおり、東西冷戦終結後のアフリカでは武力紛争が多発し、オスロ国際平和研究所・ウプサラ大学のデータによれば、最も発生件数の多かった1991年と1999年には17件の武力紛争が戦われた。その中には死者300万人とみられるコンゴ民主共和国の内戦や、反政府武装勢力による住民への残虐行為が問題になったシエラレオネ内戦など膨大な犠牲者を出した紛争が含まれる。
だが、2000年代に入ると発生件数は減少傾向に転じ、2014年5月現在、中央アフリカと南スーダンで国家権力の帰趨をめぐる内戦が発生しているものの、現在のアフリカでは短期間で万単位の犠牲者を出すような大規模な紛争は見られなくなっている。
一方、ソマリアのアル・シャバーブが初めて自爆テロを実行したのは2007年4月、ナイジェリアのボコ・ハラムが爆弾テロを開始したのは2010年12月だった。AQIMはもともと、その前身組織が1990年代のアルジェリア内戦の時代に結成されたものではあったが、サブサハラ地域のマリやニジェールに越境して活動を本格化したのは2003年以降である。つまり、イスラムテロは、時期的に見ると、大規模な紛争の終息と入れ替わる形で顕在化してきたことが分かる。今世紀に入り、アフリカが直面する安全保障分野の脅威の比重は大規模な「紛争」から「テロ」に移ったといえるだろう。

問題の結節点としてのテロ

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近年のアフリカでイスラムテロが増加している原因を特定することは困難だが、先行研究を手掛かりにまとめると、次のような構図を描くことが可能と思われる。
第三国の仲介による和平交渉、PKOの導入、国連主導の選挙などの取り組みが進展した結果、アフリカの紛争は減少した。情勢の安定化を受け、天然資源の開発が急進展し、経済成長が始まったことは周知のとおりである。武装勢力指導者は政治指導者に衣替えし、権力闘争の形は武力紛争から政治へと変容した。
こうした全体状況は歓迎すべきものだが、その一方で、アフリカの社会が「紛争の時代」から「政治・経済の時代」に変貌したが故に、成長の果実の分配が大きな問題として浮上した。民族や宗教を基準に社会が分断されがちなアフリカの国々で、全ての国民が公平感を抱く開発を進めるのは容易ではないからである。
次に、年率2.6%を超える高い人口増加率の問題がある。アフリカを「市場」として見た場合、企業にとって人口増加は魅力的だろう。だが、安全保障の観点から見ると、労働集約型産業が未発達な状況での人口増加は、高失業状態を生み出し、成長の恩恵から取り残された若年層の不満が反体制感情として蓄積されるリスク要因である。
社会に反体制感情が蓄積されるだけではテロは起きないが、イスラム教のジハード(聖戦)を通じた「世直し」を訴える過激主義の布教者が登場すると、事態は一変する。アル・シャバーブのメンバーの供給源であるケニアのイスラム社会や、ボコ・ハラムの誕生地であるナイジェリア・ボルノ州では、不満を抱えた若年層をジハードへと駆り立てる布教者が存在し、決定的な役割を果たしていることが確認されている。
治安当局は布教者の拘束や殺害に踏み切るが、その対応はしばしば超法規的で、司法としての公正さを欠いているために、布教者に感化された若者たちの怒りを呼び起こし、逆に武装組織の結成を促してしまう。一方、新たに結成された武装組織は独善的な思想に固執しているため、イスラム社会の広範な支持を得ることはできない上に、政権を転覆できるほどの武力も持っていない。こうして彼らは、当局との正面衝突を回避しやすいテロという戦術への傾斜を深めていく。
サハラ砂漠一帯のテロ組織の結成には、これに2011年のカダフィ政権崩壊のインパクトが加わった。カダフィ政権で軍務についていた西アフリカ各国出身者が武器とともに祖国へ帰還し、武装組織結成の動きを加速したからである。
このようにイスラムテロは、所得格差の拡大や司法の機能不全など、今日のアフリカ社会が抱える数々の問題の結節点で顕在化している現象である。したがって、残念ではあるが、少なくとも今後数年間は、先述の3地域を中心にイスラムテロがアフリカ社会の安全を脅かし続ける可能性が否定できない。個別のテロに対しては断固これを許さず、実行犯を拘束して公正な法の裁きを受けさせるとともに、テロ組織の台頭を助長する問題を改善していく以外に犯行を抑止する方法はないだろう。

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