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株式会社三井物産戦略研究所

経済から見た消費税率再引き上げの論点整理

2014年11月10日


三井物産戦略研究所
欧米室
鈴木雄介


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9月3日、安倍首相は第2次改造内閣発足後の会見で2015年10月に消費税率を10%へ引き上げることの是非を問われ、「経済状況等を総合的に勘案した上で年内に判断」すると答えた。2012年8月に成立した「消費税法の一部を改正する等の法律」は、2014年4月に5%から8%へ、2015年10月に8%から10%へ消費税率を引き上げると定め、同時に、それぞれの施行前に経済状況を総合的に検討するとしている。

2014年4月の引き上げ後の経済動向

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2014年4-6月の実質GDP成長率は前期比年率でマイナス7.1%(2次速報値)と事前の予想を超える落ち込みとなった。特に実質個人消費が前期比年率19.0%と大幅に減少したことで、消費税率の引き上げが経済に与える影響が強く意識されるに至った。2014年4月時点の民間エコノミストの予測の平均と最新10月時点の予測の平均を比べると、実質GDPの見通しは4月時点の予測の水準を下回っているが、その差は2015年7-9月になると0.1%まで縮小する。実質個人消費の場合は最新10月時点の予測の水準が4月時点の予測を0.6%下回る見通しと、不振が著しい(図表1)。
消費税率の引き上げが個人消費に影響を与えるのは、駆け込みとその反動を生み、また家計の可処分所得が目減りするためだ。4月の引き上げ時の前の駆け込みは最大で3兆円程度(個人消費の1.0%程度)発生したと内閣府は推計している。前回1997年4月の引き上げ時を上回る規模となり、その反動もまた大きくなったとみられる。もっとも、時間の経過につれ駆け込みの反動の影響は解消する。焦点は消費税率の引き上げによって目減りした可処分所得の動向だ。
消費税率は5%から8%へ3%ポイント上昇したが、家賃や授業料といった非課税品目があることなどにより消費税率引き上げによる家計の可処分所得の減少率は2.0%程度となったとみられる。一方、4-6月の雇用者報酬の総額は前年同期比1.6%の増加にとどまった。雇用者数と1人当たり賃金は、それぞれ、前年同期比0.6%および同0.8%の増加となったもようだ。ただし、失業率が3%台まで下がり人手不足の懸念が高まるなど、もはや余剰労働力はなくなりつつあり、雇用者数の伸びの一段の加速は期待しにくくなっている。この先は家計の購買力を高めるために1人当たり賃金が増えることが望まれる。
法人企業の2013年度の経常利益は前年度比22.8%の増加となった。ここで人件費が2%増えると仮定すると、経常増益率は2012年度比で16.0%に低下するが、引き続き2桁増益となると試算される。すなわち、法人企業全体で見れば、企業収益は消費税率引き上げによる家計の可処分所得の目減り分を埋め合わせることが可能な水準まで増加した。問題は、企業規模等に応じて賃金増に対する耐性が違うことだ。例えば、中堅企業で人件費が2%増えると経常増益率は2012年度比10.1%から3.1%へ、また中小企業では同14.2%から1.4%へと低下する。さらに、零細企業の経常利益は3割近い減益となる。一方、大企業の人件費が5%増える場合、経常利益は2割を超える増益となり、その上で、中堅・中小・零細企業を含めた全法人企業従業員の人件費総額の増加率は1.5%となる。消費税率引き上げによる家計の可処分所得の目減り分を完全に埋め合わせることはできないが、大企業の人件費の5%増加はボーナスが3割程度増えれば達成可能な水準だ(図表2)。

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引き上げを見送る場合の問題点

「消費税法の一部を改正する等の法律」は消費税率を10%に引き上げる規定を2015年10月1日から施行すると定めている。もし施行を停止するのであれば、国会で法律の改正が必要となる。開会中の第187回臨時国会の会期を延長して、あるいは次の通常国会で審議することになる。安倍首相が施行の停止を決断すれば国会で覆ることはないとみられるが、消費税率引き上げ懐疑派に2014年4月の引き上げを決めた責任を迫られ、推進派には停止後の対応を問われることになるだろう。停止後の新たな施行の期日や条件をめぐり国会が紛糾するかもしれない。ちなみに、アジア通貨危機や日本の金融危機の発生を背景に成立から1年余りで1998年12月に財政構造改革法の停止を決めた法律は「別に法律で定める日までの間、その施行を停止する」としており、再施行等について何も定めていない。
消費税率の引き上げを見送ると、政府の財政健全化の意思や努力に疑念を生む恐れがある。考え得る対応策は、施行の停止を決める法律に新たな施行の期日や条件を明記することだ。ただし、政治的に大きな労力を費やすことは間違いない。一方、消費税率1%は税収2.7兆円(国+地方)に相当する。内閣府の試算では、2015年度の国と地方を合わせた基礎的財政収支(歳出から国債の元利払いを除いた金額と税収等の金額の差)の赤字額は16.1兆円となる見通しだ。政府は名目GDP比で見た赤字幅を2010年度実績に比べ半減(6.6%→3.3%)する目標を国際公約に掲げるが、達成は赤字額が1兆円増えると難しくなる。すなわち、消費税率引き上げを見送ると何らかの歳出削減に踏み込むことが必須となり、また法人税率の引き下げといった一段の減税の余地が狭まる。

引き上げ実施の場合の問題点

2015年10月の消費税率引き上げを決断した場合、再びその前後で個人消費や住宅投資に駆け込みとその反動が発生し、引き上げ後は家計の可処分所得が目減りする影響が表れるだろう。ただし、まだ2014年4月の引き上げから間もない上、引き上げ幅が3%ポイントから2%ポイントとなるため、その規模は相対的に小さいものとなるだろう。また、2015年10月の引き上げに当たっては、低所得者に配慮した、給付付き税額控除や総合合算制度、あるいは軽減税率の導入が争点となる。自由民主党と公明党の与党税制協議会は2013年12月に決めた平成26年度税制改正大綱で消費税率の軽減税率制度を税率10%時に導入するとした。既に8種類のパターンからなる検討案を示し、関係団体ヒアリングを行っている。一方、総合合算制度や給付付き税額控除は「消費税法の一部を改正する等の法律」の成立時に民主党が推したが、現在はほとんど検討されていない。
軽減税率導入をめぐる論点は、品目の選定、事務負担の軽減、そして導入で減少する財源の確保だ。必要となる財源の規模は、全ての飲食料品の消費税率を5%とした場合で3.3兆円程度、生鮮食品の税率を8%とした場合で0.4兆円程度とされる。また、医薬品、光熱・水道料金、さらに日用品等も対象となれば必要となる財源の規模は膨らむ。軽減税率や給付付き税額控除等の導入が遅れても消費税率の引き上げは可能だが、公明党が軽減税率の導入に積極的なことや2014年4月の消費税率引き上げ後に個人消費の落ち込みが顕著だったことを勘案すると、何らかの軽減税率が導入される可能性は高い。

「経済の好循環」の実現が鍵

安倍首相は2014年の施政方針演説で「企業の収益を、雇用の拡大や所得の上昇につなげる。それが、消費の増加を通じて、さらなる景気回復につながる。『経済の好循環』なくして、デフレ脱却はない」と訴えた。この枠組みに照らせば、起点となる企業収益は増加した。2014年度の伸びは2013年度に比べ鈍化する可能性が高いが、上場企業の経常利益の見通しは4-6月決算公表後の集計で会社予想が横ばいを若干下回る、またアナリスト予想の平均は前年度比5%増を上回る程度となっているようだ。
だが、企業収益の増加が所得の上昇につながる経路が滞っている。2014年度の春闘がもたらしたベース・アップとボーナスの増加を合わせた賃金の上昇率は大企業で1%強にとどまり、消費税率の引き上げによる家計の可処分所得の目減り分を埋め合わせるに至らなかった。もっとも、経済の循環が円滑に機能して景気の停滞感が晴れるまでは、そもそも相応の時間がかかると考えるべきだろう。言い換えると、まだ経済の循環が崩壊したわけではない。企業収益の拡大を背景に2015年度以降も賃金の上昇が続けば、徐々に個人消費も回復を強めると期待される。
経済状況等を総合的に勘案すれば、「消費税法の一部を改正する等の法律」が定めるように、2015年10月に消費税率を10%に引き上げる決断をすべきだ。その暁には、消費税率引き上げが景気に与える影響を軽減すべく、政府支出拡大策を含む経済政策パッケージが打ち出されるであろうが、同時に、経済界、労働界、そして政府が集まる政労使会議において、法人税率の引き下げ等とならび賃金の引き上げを安倍首相が一段と強く要請することになる可能性も考えられる。

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