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株式会社三井物産戦略研究所

世界のレジャー・娯楽サービス市場-成長のカギを握る国外需要の取り込み-

2013年12月16日


三井物産戦略研究所
産業調査第二室
酒井三千代


Main Contents

世界のレジャー・娯楽サービス市場は、経済が成長している新興国で今後の拡大が期待されるほか、経済成長が鈍化している先進国でも、まだ伸びしろがあるとされている。この市場には、映画、美術館、テーマパーク、ゴルフ場などさまざまな業種が含まれるが1、本稿では世界各国におけるレジャー・娯楽サービス活動全体の市場を包括的に捉え、この市場における産業がどのように展開していくか考えてみたい。

レジャー市場の概況

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2011年の世界のレジャー・娯楽サービス市場(以下レジャー市場)は約1.4兆ドルの規模となっている(図表1)。成長が鈍化している先進国が市場の約8割を占めているため、市場の拡大ペースは過去10年で1.3倍と緩やかなものにとどまっているが、成長性の高い新興国のウエートが大きくなってきていることから、今後の拡大が予測される。国別に見ると、市場規模が最も大きいのは米国で3,310億ドル、次いで日本、フランス、ドイツ、中国と続き、人口1人当たりで見た場合は、フランス、オランダ、スウェーデン、スペインなどで高水準となっている。図表1を見ると、多くの消費財と同様、所得水準が上がるにつれて市場が拡大していることが読み取れる。しかし、ドイツはフランスより所得水準が高いがレジャー市場は2割以上も小さく、インドネシアとインドも同様の関係にあるなど、所得水準とレジャー市場の規模との相関関係は必ずしも一様ではない。この状況を詳しく見るために、人口1人当たりのレジャー市場規模と所得水準の関係を散布図にプロットしてみると(図表2)、おおむね1人当たりGDP7,000ドル(各国の物価の違いを調整して算出したPPP(購買力平価)ベース、以下同)から30,000ドルの間ではレジャー市場と所得水準の相関は鮮明であるが、1人当たりGDPが7,000ドル以下の国と30,000ドルを超える所得水準の高い国では相関関係を見いだし難い形になっている。

先進国のレジャー市場

低所得国における市場規模のばらつきは、今後の所得水準の向上に伴い徐々に収斂していくことが予想されるが、レジャー市場の8割を占める高所得国間のばらつきの要因を明らかにすることは、今後の市場と関連産業の発展の方向性を捉えるために大きな意味があると考えられる。主要国の環境を見ると、1人当たりで見たレジャー市場の規模が大きい国では、平均労働時間が短い(余暇時間が多い)という傾向と、高福祉・高負担であり、政府の財政規模が大きいという傾向の2つの要素が浮かび上がる。例えば、GDPに占める歳入の割合は2011年に日本、米国で3割程度であるが、所得水準の割にレジャー市場の規模が大きいフランスや北欧諸国では、5割を超えている。社会保障制度が充実している国では、国民の安心感が醸成され、レジャーに資金を費やすケースが増えるといった側面があると考えられる。
また、各国のレジャー市場のばらつきの要因としては国外から、あるいは国外への旅行者による消費の影響も大きいものと考えられる。特に域内の国境をまたいだ移動が日常的な欧州で、顕著に現れている。所得水準の割に人口1人当たりで見たレジャー市場が大きい国には、スペイン、フランス、チェコなどがあるが、2011年にスペインで外国からの旅行者が消費した額(国際観光収入)は、675億ドル2であったのに対し、同国民が自国外で消費した額(国際観光支出)は232億ドルと収支は443億ドルの黒字であった。またフランスでは収入652億ドルに対し支出553億ドルと99億ドルの黒字、チェコも38億ドルの黒字であった。逆に、所得水準に対しレジャー市場が小さいドイツと英国、ノルウェーを見ると、ドイツでは収入534億ドル、支出1,004億ドルで470億ドルの赤字、英国は187億ドルの、ノルウェーも109億ドルの赤字となっている。国際観光収入・支出には、ホテルや外食代など、本稿のレジャー市場に含んでいない分野も含まれる。仮に3割程度3をレジャー・娯楽サービスに使用したとして収支の額を人口1人当たりで算出し、1人当たりのレジャー市場規模を、各国民の国外での消費を勘案したものとして計算し直してみると、収支が黒字のフランスでは1,336ドル、スペインでは1,038ドル、チェコでは953ドルと値が小さくなる。一方、赤字のドイツでは1,200ドル、英国では1,282ドル、ノルウェーでは1,483ドルと大きくなり、労働時間や政府の財政規模といった条件が近い欧州諸国でのレジャー市場の規模は、おおむね所得水準の差で説明できる形になる。

成長のカギとなる輸出入

世界のレジャー市場の大半を占める高所得国においては、労働環境や政府の財政規模といった構造的なファクターに大きな変化が見込みにくいことから、旅行者の市場が今後の展開のカギとなるものと考えられる。
旅行者による消費は、サービスの輸出入に相当するが、人の移動が伴うことから、モノの輸出入以上に地理的な条件に左右される。例えば欧州諸国を見ると、スペインでは2011年の5,670万人の国際観光客のうち約9割4が、フランスでは同年の8,140万人の国際観光客のうち約8割4が、欧州からの旅行者であり、域内の旅行者の関連サービス消費によって、レジャー市場が大きくなっている側面がある。今後、それと似た構図がアジアでも成立する可能性がある。アジア太平洋地域の多くの国でも、近年急速に増加しており2020年には2億人を超えるとされる中国の海外旅行者の取り込みを狙う旅行商品の開発や、レジャー施設の建設が盛んになっている。中国は2011年の1人当たりGDPが8,382ドルと、レジャー市場が本格的に成長する段階に入ってきたところであり、今後こうした動きは一層活発になると予測される。またアジアには、1人当たりGDPが7,000ドル以下で今後の市場形成が見込まれる国も多く、そうした国の旅行者を取り込んでいく動きも活発になりつつある。
こうした新興国のレジャー・娯楽に対するニーズを自国に取り込む上では、訪れる旅行者を増やして、その消費の拡大を促すことに加えて、需要が拡大する国に進出して現地のニーズを取り込むことも考えられる。実際、ハリウッド映画が中国市場を意識した作品を製作しているほか、上海ディズニーランド(2015年に開業予定)、ユニバーサル・スタジオ北京(2013年内に着工予定)などテーマパークの開設も予定されており、米国をはじめとしたグローバル企業の進出が本格化している。
現在、日本政府は、クールジャパン戦略を進めているが、高まるアジア新興国のレジャー関連のニーズを、日本企業が国内外で取り込んでいくという考え方は、日本のレジャー・娯楽産業を発展させていく上での有力な方向性といえるだろう。


  1. 本稿におけるレジャー・娯楽サービス市場の定義:国際標準産業分類のセクターO92「Recreational, cultural and sporting activities」に基づく。映画・コンサート・観劇・スポーツ観戦、美術館・博物館、動物園・遊園地、放送視聴(衛星・ケーブルを除く)、文化・スポーツ活動、ギャンブルなど。ホテル・外食(世界市場規模約3.3兆ドル)、運輸やAV家電、DVD・CD・出版物、楽器、スポーツ用具などの消費財市場を含まない。
  2. 出所:世界銀行。国際観光収入・支出の値は名目値。
  3. 仮に、レジャー市場約1.4兆ドルに、ホテル・外食市場約3.3兆ドル、ショッピング代として宝飾・おもちゃ・スポーツ用品などの市場約4,000億ドルを足しあげた約5兆ドルを国際観光収入とした場合、この約5兆ドルうち、レジャー市場1.4兆ドルの占める割合(実際の国際観光収入・支出の定義とは完全に一致しない。各市場の規模の出所は、IHS Global Insight)。
  4. 出所:スペイン:Instituto de Estudios Turísticos agosto de 2012、フランス:Key facts on tourism 2012 Edition

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