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株式会社三井物産戦略研究所

防衛装備の国際共同開発・生産と日本の防衛産業の方向性

2016年2月9日


三井物産戦略研究所
研究フェロー
鈴木通彦
略歴:1969年防衛大学校、1974年同研究科を卒業。陸上自衛隊入隊後、陸上幕僚監部教育訓練部長、第9師団長を歴任。2000年から三井物産戦略研究所研究主幹、ハーバード大学上席客員研究員などを経て、現職。


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第二次安倍政権の下で防衛に関する仕組みの多くが改正され、2015年9月の安保法制成立を機に実行段階に入った。防衛装備関連組織を集約一元化、人員1,800人、防衛予算の3分の1を扱う巨大組織として同年10月に発足した防衛装備庁はその主な推進役になる。2014年4月に閣議決定した「防衛装備移転三原則」で道が開かれたものの縦割り組織や仕組みの未整備で具体化できなかった防衛装備の国際共同開発・生産もそれにより期待が高まった一つだ。
防衛装備庁の誕生と前後して三つの文書が出された。2015年9月30日に防衛省諮問機関から出された「防衛装備・技術移転に係る諸課題に関する検討会の報告書」、9月15日に経団連から出された「防衛産業政策の実行に向けた提言」、そして10月15日に経済産業省から出された「防衛装備の海外移転の許可の状況に関する年次報告書」である。これらを踏まえ、防衛装備の国際共同開発・生産について考えたい。

なぜいま、防衛装備の国際共同開発・生産か

日本は1976年の「武器輸出三原則等」で事実上武器等の海外移転を完全に禁じた。「平和国家」をアピールする意味はあったが、時を経て次の問題も生まれた。
第一に冷戦終了で禁止対象の共産圏諸国がなくなり、その後環境適応できない事例も頻発、「自衛隊の海外活動に伴う武器輸出」「米国とのミサイル防衛の共同開発・生産」など21の例外化により原則が形骸化した。最近では次期戦闘機F-35の共同開発における多国間での共通部品の輸出入が課題になった。
第二に防衛費削減で防衛産業基盤が弱体化するとともに、防衛装備の高度化、高価格化が進み単一国家での開発が難しくなった。ちなみに防衛装備調達費は年1兆円弱で産業規模は小さいが、航空産業を主に裾野が広いので技術の先端性を含め影響は大きい。
第三に防衛技術は一般に民生技術とのシナジー効果で技術革新を促す性質を持つが、日本特有の軍事忌避感と相まって「武器輸出三原則等」が制約要因になった。これが、インターネットやGPSなど米国発の軍事派生技術を目の当たりにするにつれ問題意識につながった。
「防衛装備移転三原則」はこれらの解決に寄与する。防衛装備・技術協力には、国際社会の平和と安全への貢献、同盟国や友好国との安全保障環境の構築や相互運用性の向上、および先進技術の獲得や、主題である「防衛生産・技術基盤の維持・強化」といった多様な意義や効果があるからだ。

報告書に見る防衛装備の開発・生産

「防衛装備・技術移転に係る諸課題に関する検討会報告書」は防衛装備・技術協力の戦略的な方針、その態様と政府関与、および実施上の課題と対応策を報告した。
現在、国際共同開発・生産は防衛装備のライフサイクルを通じ政府の関与と管理の下、円滑に協力を進めるための体制・仕組み、あるいは企業の海外移転等のための財政投融資など支援策が定まっていない。スマート化、無人化などのトレンドを踏まえた次世代装備の技術開発、デュアルユース(軍民両用)技術の発掘・取り込みや機微技術の管理、産学官の協力に加え、安全保障上の観点から技術動向を俯瞰する仕組みもない。そこで、報告書は国と地域ごとに防衛装備・技術協力の方向性を提言した。
第一は同盟国の米国。米国とは装備の共同研究・開発・生産・試験評価、共通装備の修理と整備基盤の強化、相互防衛調達の促進、およびパートナーとしての協力機会を探求する。
第二は安全保障協力を必要とする豪州、インド、ASEAN諸国。重要パートナーの豪州、シーレーン要衝のASEAN諸国、あるいはシーレーン中央に位置する人口大国インドと防衛装備・技術協力、および災害分野やテロ対策などの協力を深化させる。
第三は英仏等の欧州先進諸国等。価値観を共有し高い技術力を有する国々とは共同研究・開発や装備・技術協力を進める。英仏との安全保障協力は、米国との距離を適度に保つ政治的意味もある。
第四が中東、新興国その他の国々、第五が国際平和協力であった。前三者が特に防衛生産・技術基盤に強く関わる。
経団連の「防衛産業政策の実行に向けた提言」は防衛生産・技術基盤の強化と装備の国際共同開発・生産等の推進、防衛装備庁への期待、ならびに産業界の取り組みを提言し、経済産業省の「防衛装備の海外移転の許可の状況に関する年次報告書」は米国や英国との弾道ミサイルや空対空ミサイルの共同研究・開発12件の実績、および豪州、フランス、インドとの国際共同開発・生産案件協議の開始を報告した。ゆっくりだが確実に進み始めたのである。

主要な国際共同開発・生産とその課題

国際共同開発・生産は、期待の一方で課題も多い。図表1に主要事例を挙げた。
第一は1980年代の戦闘機F2の日米共同開発・生産。国産機開発は悲願であったが、技術未熟でエンジンを対米依存せざるを得ない事情、日米貿易摩擦や日本の国産化に対する米議会の抵抗という政治的背景から、三菱重工を主契約企業とする「共同開発名目の実質的にはF-16の改造」という後味の悪い結論になった。
第二は戦闘機F-35の国際共同開発・生産。これは、米国等10カ国が共同開発した戦闘機に日本が後から参入し、共通部品を生産するとともに完成機を組み立てる事例である。現在進行中で、交渉相手の多さとコスト管理、そして何よりも産業基盤の強化につながるかどうかが課題になる。これは防衛装備移転三原則決定のトリガーになった。
第三は日豪米の潜水艦共同開発・生産。通常型潜水艦は推進に酸素を必要とするため潜航時間に制限を受ける。このため、液体酸素を使うスターリングエンジンや燃料電池など非大気依存推進AIPを必要とし、さらに深海に耐えられる高張力鋼の溶接も課題になる。日本はこの分野で世界最高水準を誇る。豪州は最大12隻の潜水艦購入(総予算500億豪ドル/4.5兆円)を計画している。日本は三菱重工と川崎重工による政府契約で静粛性や燃費性能に優れる「そうりゅう」型を豪側の希望する現地生産方式で提案した。米製兵器が搭載されるので日米豪共同開発・生産になる。ライバルはドイツの214型とフランスのジュフラン級で2016年に契約国が決まり数年かけ細部設計する。しかし、課題も多い。日豪の政治の思惑と企業意識の違い、経費負担と行政の関与、共同開発・生産する性能・製品、あるいは欧米と異なる契約慣行である。特に、豪州の技術レベルと強い労働組合問題、さらに微妙なバランスの政治が鍵になる。一方、日米豪の同盟強化に大いに役立つ。
第四はインド等への救難飛行艇US-2の輸出(生産)。インドとは協議が進展し、インドネシアも関心を持ち始めた。安全保障上の意味は大きいが、ともに自国生産を希望しており、技術の開示、価格の低減、あるいは財政事情の厳しい両国への初期投資支援が課題になる。
安全保障上の意味合い、ビジネス化の難易度、そして技術流出リスクの視点から、完成品輸出や二国間・多国間共同開発を評価すると図表2のようになる。今後はこれらを参考に国・地域ごとに可否を判断することになるだろう。

今後の国際共同開発・生産と防衛産業の方向性

日本は、必然的に国際共同開発・生産に向かう。しかし、方向性は、国・地域ごとに異なる。米国とは従来以上に成熟した形で行われようが、技術開示などの圧力を避ける工夫が必要になる。豪州、インド、ASEAN諸国は先進技術の提供と生産基盤の支援が絡むので、情報保護、および政治・安全保障とビジネスの調和が求められる。豪州との潜水艦やインドとの救難飛行艇US-2はその代表である。欧州先進国等とは先進技術の交換や対米戦略的配慮から進むことになる。
総じて課題は、政治的配慮とビジネス的配慮の調和、技術情報の開示・使用と保全、契約慣行、生産体制と管理、運用支援と兵站支援の継続、および関係組織の充実になる。
これらを克服し、日本の防衛産業は、海外顧客との防衛装備・技術協力の進展による発展、軍民技術のボーダレス化に注目した両用技術の発展、および軍事忌避感の緩和によるアカデミズムとの連携強化に向かうだろう(図表3)。長期先行投資が特徴の防衛関連技術は、潜水艦や航空機などの海外移転に加え、民生技術との双方向交流により国内技術の発展に寄与できる。過去に火砲技術が原子力圧力容器に変化し、複合材料が航空機の主要部材に転化したように従来型防衛技術の派生に加え、ロボットや蓄電池などの新技術も活用され、さらにアカデミズムとの連携強化で安倍政権が進める戦略的イノベーション創造プログラムや宇宙・深海・サイバー分野への技術波及も期待できる。
これにより、防衛産業は「自衛隊への防衛装備提供産業」から「国内外の防衛需要を基礎にする製品・サービス提供産業」へと進化するだろう。そのためには、予算を含む防衛産業基盤強化のための支援が欠かせない。政府は2016年1月22日に研究費GDP比1%目途、5年間で26兆円の第5期科学技術基本計画を閣議決定した。安全保障への対応を初めて記述したこの基本計画は大いに歓迎すべき動きである。同盟の強化や国際貢献に必要な装備・技術の移転を可能にし、防衛産業のガラパゴス化を避ける日本らしい政策だからだ。どうやら緩やかながら全てが回り始めたようだ。

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