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株式会社三井物産戦略研究所

欧州化学企業のサバイバル戦略

2015年12月7日


三井物産戦略研究所
産業調査第一室
牧田智洋


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欧州は化学産業が発祥し発展を遂げた地域である。しかし欧州は他地域と比べて石化基礎原料のコスト面で優位性があるわけではない。そのため安価な原料コストを武器に石化製品を作ることで、高収益を享受し続けるという戦略はとれない。
欧州石油化学企業の中には、2000年代以降、汎用石化事業から高付加価値なスペシャリティケミカル領域にシフトする動きが見られた。その手段として分社化やM&Aも積極的に行われてきた。

汎用石化事業を切り離した欧州化学企業

欧州は無機化学や合成染料を皮切りに化学産業が勃興した地である。20世紀半ばは米国とともに、石油化学産業をリードしてきた。2013年時点で、西欧は世界の化学品出荷額の2割のシェアを有し、北米を若干上回る1
しかし他地域と比べると、欧州の石油化学企業や石化中間材料を原料としている企業は、原料コスト面で優位性があるわけではない。そのため欧州での石化製品の生産について、単純に原料コストが競争優位を決定する品目では、他地域産品を凌駕できず、高収益を上げ続けることができない。
こうしたなか、欧米で1980年代以降、株式市場の機関化の進展とアクティビズムの台頭によって、企業価値の最大化が優先課題となった。これにより米国化学企業は事業統廃合を進めた結果、専業化が進み、化学産業から撤退する企業も出た。かつては大手総合化学企業であったモンサントが、現在はアグリビジネスに特化していることは一つの例である。
一方、欧州化学企業による事業選別は、少し遅れて2000年頃から活発化した。当初見られた代表的な動きとしては、原料コスト面で他地域との競争力が必ずしもあるわけではない汎用石化事業の撤退、縮小であった。
独BASFは2000年にシェルと組んでバセル社(現:ライオンデルバセル・インダストリーズ)をJVとして設立して、汎用品事業を移管した。2005年にはバセル社の全持ち分をシェルとともにプライベートエクイティに売却した。独バイエルは2001年に石化基礎原料を製造するBPとのJVの持ち分の全てを、BPに売却した。また2005年に合成ゴムやスチレン系樹脂、化学中間体などの事業を新会社のランクセスとして独立させ、バイエルの既存株主に割り当てた。オランダDSMは欧州の汎用石化部門を2002年にサウジアラビアSABICに売却した。このように汎用石化事業を同業他社に売却ないしは分社化などで独立させるとともに、研究開発によって高付加価値が確保できる、川下領域やスペシャリティケミカルにシフトした。ただしシフトした先の領域は、各社によって異なる。

スペシャリティケミカルにおいても進む事業の選別

スペシャリティケミカル領域には、塗料、接着剤・封止剤、樹脂添加材、飼料添加物をはじめとして30近い多岐にわたる分野が存在し汎用化学品と比べて少量多品種である2。その特性としては石化中間材料や基礎化学品を原料としつつ、他の素材にはない機能性を製品ユーザーに提供することで、付加価値を高めている点が挙げられる。また潜在需要の開拓の余地が大きいことから成長性が高い。
一方、スペシャリティケミカルの分野でも、市場の成熟化による成長率の鈍化や他社の参入による収益性の低下によって、特性が汎用品に近くなるリスクを抱えている。また化学品は消費財とは違って、ブランドによる差別化も難しく、コモディティ化による競争優位性の低下が起こりやすい。
このため石化関連事業を祖業としつつ、スペシャリティケミカルをはじめとする複数の事業を擁する欧州企業は、事業環境の変化などが契機となって、特性や成長段階が異なる事業が一つの会社に混在しやすい。
こうした素地があるなかで、スペシャリティケミカルの潜在需要先と見られた新興国の成長ペースが2010年代に入って鈍化したことで需給が緩和し、事業者の収益性を低下させつつある。欧州化学企業はこれに対応して、スペシャリティケミカル事業の中でも、汎用品化などの変化が起きている部門を対象に、分社化や事業売却を行おうとしている。分社化しないまでも、当該事業の投資を絞り込むことによりキャッシュ創出を優先するケースも見られる。
独バイエルは、2005年にランクセスを分社化した後も残していた石化川下事業のBayer MaterialScience事業(ポリウレタン事業、ポリカーボネート事業など。以下BMS事業)について、2014年に分社化を決定した。同事業は「コベストロ」という新社名の下2015年10月に株式市場に上場した。今後バイエルはライフサイエンス事業(ヘルスケア部門、農業関連部門)に集中する。かつてのBMS事業は、EBITDAマージンは10%前後あった一方で、ライフサイエンス事業の同マージンはおおむね25%以上と、利益率水準が大きく異なっていた。このため同社内の投資判断の際に、利益率の高いライフサイエンス事業が優先され、BMS事業への投資の正当化が難しくなっていた。これを解消すべく、分社化によってそれぞれ事業が独立した会社となることで、資金や経営資源の配分の自由度を高めるようにした。投資を拡大させる新バイエルに比して、コベストロは投資を絞りつつ安定したキャッシュを創出する戦略をとる方針だ。
このほかにもM&Aや既存事業への投資の絞り込みによって事業の再構成を進める動きが見られる。仏アルケマは、2006年にエネルギーメジャーのトタルからスペシャリティケミカル事業を中心に分社化され誕生した会社であるが、2015年の売上高は1兆円を超える見込みである。同社は擁する9つの事業を、高い成長率が見込める積極投資分野と、新規投資を絞り込んでキャッシュ創出を優先する分野とに分けている。2015年2月に接着剤事業のボスティックを買収し、自社の売上高規模を2割以上高めた。同社は具体的な対象事業について明言していないが、今後、全社売上高の1割に相当する事業を売却しつつ、既存事業を補完する小規模な事業買収を行って事業の再構築を進める方針である。既に一部着手している事業売却で対象となった部門は、新規投資を絞り込むとした分野に属する部門であるが、製品販売事業として安定したキャッシュ創出が見込まれる事業であることから、同社の事業上の提携相手が買収した。
独エボニックは、売上高約1.8兆円で、世界の化学品売上高ランキング3では20位のスペシャリティケミカル企業である。同社は栄養・ケア部門(Nutrition & Care)、エネルギー効率化部門(Resource Efficiency)、機能性素材部門(Performance Materials)の3つの部門を主力セグメントとしている。近年、機能性素材部門は、主力製品の合成ゴム・プラスチック用材料やアクリル樹脂が、市場全体の生産能力拡大によって需給が緩和し競争環境が激しくなっている。このため2014年以降の同部門の利益率は、他の2セグメントがEBITDAレベルでおおむね20%以上であるのに対し、8~9%前後と低い。同社は、栄養・ケア部門やエネルギー効率化部門において投資やM&Aによって成長を追求する方針を掲げる一方、機能性素材部門では効率性重視を掲げ、設備投資も絞り込む方針だ。将来的には機能性素材部門の事業切り離しの可能性も考えられる。
事業間でシナジーが乏しくても、一つの企業にとどめる方針とした企業もある。DSMは現在に至るまで、栄養事業と高機能素材事業への事業の特化を進めてきた。同社は2015年11月に新たな戦略である2018年戦略を発表した。これまで一部観測のあった両事業を分社化させる構想については、同戦略内では述べられなかった。同社の高機能素材事業の製品は汎用化のフェーズを迎えておらず、両事業とも今後も比較的高い利益成長を見込んでいることが背景にある。そのためあえて個々の企業規模を小さくするデメリットを被ってまで分社化を行う必要がない、と判断したためであろう。

事業選別の今後の展開

欧州化学企業による事業の選別は今後も続く見込みである。選別した結果、向かう方向性の一つとしては、積極的な研究開発投資を行うことによって、製品の競争力を高め、業界内での優位性を維持することで、成長と高収益の獲得を狙う事業をコアとして集約する成長投資型のビジネスモデルである。
もう一方で、事業統廃合の結果、元の企業から独立した事業は、元の企業がコア事業として残した事業と比べると利益率は低いものの、概して一定程度の利益やキャッシュフローは創出しており、ある程度の規模があれば単独での事業継続は十分に可能と考えられる。加えて、事業の特性に応じた資本構成やキャッシュ配分を行うことができるようになることや、新たな経営陣の下で、より集中・特化した事業にフォーカスできることで、分社化前と比べて企業価値を高めやすくなる。
比較的事業規模が小さいケースでは事業価値を高めるために、地域的な補完や垂直統合を目的とした他企業による買収のケースもある。また汎用石化事業の場合は、同業の汎用品を得意とする化学メーカーが買収している。イネオスやライオンデルバセル・インダストリーズなどは一つの例であり、それぞれ世界の化学品売上高ランキング4は、7位、9位で売上高では4兆円前後の規模となっている。汎用品化した事業はコスト管理が最優先課題となるなか、投資を絞り込みつつ、規模のメリットを生かすことで安定した収益の確保を目指す、キャッシュ創出重視のビジネスモデルとなる。 ビジネスモデルで類型化すると欧州化学企業は、投資を続けつつ高収益獲得と成長を目指すモデルと、投資を絞り込みつつ安定したキャッシュ創出を目指すモデルの二つに分化していくことになる。これによって、各事業がそれぞれに適した資本構成や経営で生き残ることができるであろう。


1、2 American Chemistry Council調べ
3、4 C&EN調べ

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