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株式会社三井物産戦略研究所

期待と懸念が入り混じるASEAN地域の鋼材需給

2015年10月7日


三井物産戦略研究所
産業調査第一室
大西 勝


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ここ20年近く世界の鉄鋼産業を牽引した中国は、景気減速を受け2014年の鋼材消費が減少に転じるなど、変調の兆しがうかがえる。ASEAN地域では、鋼材消費の拡大は続いているが、その増加分は中国からの輸入品が多く、地場メーカーの稼働率は、低位にとどまっている。同地域は、総じて中国への経済依存度が高く、短期的には中国景気減速の影響は不可避であろう。しかし、中長期的には、多くの国で今後も人口ボーナスを享受し、高い経済成長が続くとみられており、日系企業を含めた海外鉄鋼メーカーも、その成長を取り込む動きを活発化させている。一方で、供給増加により、低稼働の現況を悪化させることへの懸念も高まっている。以下では、個別企業の動きも念頭に置きながら、同地域の鋼材需給の今後を展望する。

ASEANの鉄鋼市場の現状

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ASEAN主要6カ国1合計の鋼材見掛け消費量(生産+輸入-輸出)は、2014年でおよそ6,600万トンであった。7億トン超の中国の10分の1にも満たない規模だが、ここ5年の成長率は年率7.9%と、中国の4.9%を上回る。ただし、ASEANの鋼材消費の増加分の多くは中国からの輸入品である。同地域の2014年の中国鋼材の純輸入量は、前年比50%増のおよそ2,400万トンであった。同年の中国の鋼材輸出量(約1億トン)の4分の1近くが、ASEAN向けで占められたことになる。これにより、同地域の見掛け消費量に占める中国鋼材の比率は、35%超にまで高まった。一方、地域合計の鋼材生産量は、ここ5年は2,600万~2,700万トンにとどまっている(図表1)。東南アジア鉄鋼協会(SEAISI)によると、同地域の設備稼働率(粗鋼ベース)は、2014年には46%にまで低下した。それもあり、ここのところASEAN諸国は、輸入鋼材に対してアンチダンピング提訴など保護主義的な動きを強めている。
ASEAN地域の需給の状況を見ると、2014年は、最終鋼材消費の58%を輸入品が占めた。中でも熱延鋼板や鋼管の輸入依存度は、80%に達する。特に熱延鋼板は、需要量は多いが、ASEAN域内の設備稼働率は極めて低く、海外製品に比べ価格や品質の競争力が低いことが分かる。冷延鋼板や表面処理鋼板など自動車向け用途が含まれる鋼種は、特定の自動車メーカー向けのヒモ付き輸出が多いことも、輸入依存度の高さの一因と思われる。また、最終鋼材消費全体の4割を占める条鋼類では、稼働率、輸入依存度ともに40%程度であった。同鋼種は建設向けの汎用品が多く、輸入は中国製品が大半を占めており、昨今の中国の輸出攻勢の影響を大きく受けた分野である(図表2)。なお、稼働率算出に用いた生産能力には、老朽化などで営業稼働していないような設備も含まれていると思われる。それらを除いた実際の稼働率は、上述の値よりは高いであろうが、それでも同地域の設備が低稼働である状況に変わりはないであろう。

ASEANの鉄鋼市場への成長期待と過剰供給の懸念

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ASEAN地域の鋼材消費量は、1人当たり年間120kg程度と、中国(520kg/人)よりも大幅に少ない。国ごとに見ても、1人当たりGDPが中国より低いベトナム、フィリピン、インドネシアだけでなく、中国よりも高いタイやマレーシアなども同様である(図表3)。前者とは経済発展段階、後者とは産業構造の違いによるところが大きいであろう。今後、経済成長に伴い、特に前者を中心に、未整備なインフラ向けなどでの需要拡大が期待される。中国も、「一帯一路」構想などを通じて、近接地域を含めた需要拡大を図り、自国でダブつく鋼材のはけ口を模索している。また、中国での人件費高騰などを受け、中国以外にも製造拠点を設ける「チャイナプラスワン」の動きでは、鉄のユーザー企業がASEAN諸国を代替地とするケースが多いことも、同地域の鋼材消費にとっては追い風となろう。
期待される成長を取り込むため、同地域での鉄鋼関連の新規投資も活発化している。韓国のPOSCOは、インドネシアで同国国営のクラカタウと共同で、東南アジア初の高炉建設を行い、JFEも台湾プラスチック社によるベトナムでの高炉建設への出資を決めた。また、武漢鋼鉄と宝鋼による中国沿海のベトナム近接地域でのそれぞれの高炉建設も、ASEAN地域への供給も視野にあるといわれている。しかし、これらの動きが、同地域での鋼材の供給過剰懸念を高めている。この4案件合計の生産量(粗鋼ベース)は、計画が全て実行されると、現在のASEANの消費量の7割に相当する4,600万トンとなる。中国の2件は、全量がASEAN向けではないが、中国国内の緩慢な需給の現況からすると、ASEAN市場への流入が多くなる可能性がある。鋼材需要の伸びは、全体ではおおむね経済成長並みと考えると、今後、同地域での鋼材供給の過剰感は強まりそうだ。特に条鋼類では、求められる技術水準も概して高くなく、ASEAN域内の生産能力にも余裕があることから、需給が緩む可能性は高いであろう。

期待される自動車用鋼材の需要拡大

では、他の鋼種はどうなのであろうか。特に自動車向けは、条鋼類とは異なり、日本の鉄鋼メーカーが強みを持つ高付加価値分野でもあることから、その需給バランスは注目されるところであろう。ASEAN地域の自動車保有台数は、1,000人当たり93台(2013年時点)と、88台の中国とほぼ同水準だが、インドネシア、ベトナム、フィリピンなど人口規模が大きく、人口増加率の高い国の保有台数は総じて低い。今後の所得水準の上昇に伴う域内の需要の成長余地は大きいといえよう。さらに、自動車分野での「チャイナプラスワン」の動きでは、タイが生産・輸出拠点として存在感を高めており、域内需要だけでなく、外需の取り込みによる鋼材需要拡大も期待される。株式会社フォーイン発行の「ASEAN自動車産業2015」によると、ASEAN地域の自動車生産台数は、2014年の319万台から、2020年には629万台に増加し、国別では、タイの域内生産シェアが同期間に47%から50%に拡大することが見込まれている。また、インドネシアも2020年の生産台数が2014年比73万台増の203万台と予想されている。
これを元に、自動車1台当たりの鉄鋼使用原単位を1.35トン2として、同地域の自動車用途向け鋼材の需要量を試算すると、2020年には、2014年比420万トン増の852万トンとなる。このうち、溶融亜鉛メッキ鋼板が主となる「表面処理鋼板」の需要量は、日本の自動車向け鋼材受注量に占める同鋼板の比率を元に試算すると、2014年比128万トン増の260万トンとの結果となった。

自動車用鋼材の域内需給見通し~溶融亜鉛メッキ鋼板での試算

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その需要を取り込むため、新日鉄住金やJFEは、それぞれ36万トン、40万トンの自動車用溶融亜鉛メッキ鋼板の製造設備を2013年にタイで稼働させた。また、インドネシアでも両社は2016年以降に、それぞれ48万トン、40万トンの同製造ラインの稼働を予定しているなど、対応を進めている。海外企業では、韓国では現代自動車が、グループの現代製鉄から鋼材調達を増やしていることもあり、POSCOは海外市場に活路を求めている。同社が8月に公表した新規経営計画では、今後は上工程ではなく、下工程を重視し、自動車用鋼材の出荷量は、2017年には2014年比120万トン増の950万トンとすることを目標とした。同社が、タイで2016年稼働予定の溶融亜鉛メッキ鋼板用ライン(年産45万トン)を建設しているのも、その一環といえる。また、台湾の中国鋼鉄も、2013年にベトナムで年産160万トンの高級薄鋼板の製造ラインを稼働させ、このうち溶融亜鉛メッキ鋼板の生産能力は30万トン程度とみられる3、4
これらの動きを受け、自動車用鋼板でもASEAN域内での生産能力過剰を懸念する声が上がっている。しかし、上述の域内の生産能力と需要の現況と見通しを比較すると、生産能力の増加は、需要の増加をやや上回るペースではあるものの、現在の新設計画内であれば、需要が域内供給力を上回る状態は続くと思われる(図表4)。自動車用溶融亜鉛メッキ鋼板のASEAN域内での需給バランスは、必ずしも供給過多とはならないであろう。
日本メーカーは、現在は、ASEAN市場向けの自動車用鋼材の母材を、日本からの輸出で賄うケースが多い。しかし、上述の供給増に加え、中国では、宝鋼を中心に自動車用鋼材の品質への評価が高まっているなど、ASEAN地域の需要拡大が、そのまま日系鉄鋼メーカーに恩恵をもたらす状況ではなくなりつつある。JFEが参画するベトナムの新高炉に関しては、汎用鋼の輸出代替用途がいわれているが、2015年末予定のASEAN経済共同体(AEC)創設により、域内での鋼材供給の優位性が高まることが期待されることもあり、将来的には自動車用鋼材などの高付加価値品も、母材から現地供給することで、コスト競争力を高める必要性が高まろう。


  1. ASEAN主要6カ国は、インドネシア、マレーシア、フィリピン、シンガポール、タイ、ベトナム。
  2. 2013年度の日本の自動車生産台数と、普通鋼と特殊鋼合計の自動車用向け受注数量から算出した鋼材投入量ベースの値。
  3. 「市場経済移行下のベトナム鉄鋼業—その達成と課題—」(川端望 東北大学大学院教授 2015.5)参照。
  4. 同ラインには、新日鉄住金も30%出資している。

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