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株式会社三井物産戦略研究所

ミャンマー経済の課題と総選挙展望

2015年9月7日


アジア・大洋州三井物産
戦略企画室
島戸治江


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ミャンマーは2011年の民政移管後、外国直接投資流入の拡大により7~8%台の高成長を続けている。2015年11月の総選挙では53年ぶりに民主化勢力による政権が成立する可能性があり、2016年3月までに新大統領が就任する予定で、政治的な大きな節目に外国企業の注目が集まる。本稿では、2011年以降の対外関係と外国投資動向の変化を概観した上で、持続的な成長のための課題を整理し、総選挙後を展望したい。

国際社会との急速な関係改善

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民政移管後、ミャンマーの対外関係は大きく変化した。23年に及ぶ軍政下で冷え込んだ国際社会との関係を改善すべく、テイン・セイン大統領は政治面で改革を進め、次に経済改革に着手した(図表1)。まず、政治犯の釈放、少数民族武装勢力との停戦と対話、集会・言論の自由の保証などを進めた。また、大統領の呼び掛けの下、民主化運動のリーダーで国民民主連盟(NLD)党首のアウン・サン・スー・チー氏との対話が実現、NLDは政党として再登録し、2012年4月の連邦議会補欠選挙への参加を決めた。
2011年11月のクリントン米国務長官の訪問により、ミャンマーの対外イメージは一変した。米国は2003年に対ミャンマー経済制裁法を制定、金融サービスの制限、新規投資禁止、ミャンマー製品の輸入禁止、政府・軍関係者へのビザ発給の制限、軍関係者など個人資産凍結の5分野で制裁を課してきたが、2012年7月に金融サービスと新規投資に関する制裁を緩和、同年11月に宝石一部品目を除くミャンマー製品の禁輸措置を解除した。また欧州連合は2012年4月に武器禁輸措置を除く経済制裁を1年停止した後、2013年4月に解除した。
日本との関係も大きく変化した。日本政府は1989年に新規援助を原則停止していたが、2012年4月にテイン・セイン大統領が国家元首として28年ぶりに来日した際、本格的な援助の再開、対日延滞債務解消に向けた取り組み強化などを発表した。円借款は2013年に再開され、2015年3月までにインフラ整備中心に約1,500億円分が調印された。

投資国の多様化と競争激化

ミャンマー投資委員会(MIC)による直接投資認可累計(1988~2014年度)542億ドルのうち、中国(27%)とタイ(19%)で約半分、分野別では電力(36%)と石油ガス(32%)で6割以上を占める。中国にとってミャンマーはインド洋から中国内陸部へのエネルギー資源調達ルート上にあり戦略的重要性が高い。ミャンマーが国際的に孤立した機を捉え、中国は石油ガス開発やインフラへの投資・援助を本格化した。その主力が西部ベンガル湾沖のシュエガス田からチャウピューを経て中国・昆明につながるガス・原油パイプラインの建設だ。シュエガス田は2013年7月に生産開始、中国石油天然ガス集団がパイプラインを通じガスを購入している。中東産原油を運ぶ原油パイプラインも2015年1月に部分稼働、チャウピューに深海港と経済特区を建設する計画もある。ミャンマーの電源は水力が7割を占めるが、中国が多くの水力発電所を建設し2009年から電力を輸入している。タイにとっても、ミャンマーは最大の天然ガス供給国で、タイ向けに3本のガスパイプラインが敷設されている。
しかし、民政移管後、投資国・分野にも変化が見られる。2012年度以降は中国からの投資が減少する一方、シンガポール、香港、韓国、マレーシアなど投資元国が広がり、投資分野も金額では石油ガスが40%を占めるが、件数では製造業が67%を占め、運輸・通信、不動産、観光などサービス業にも広がっている。2014年度はシンガポールが54%と圧倒的だが、シンガポールを経由した多国籍企業の投資が多く含まれる。シンガポール経由で投資するとシンガポール・ミャンマー間の租税条約が適用され、ミャンマーと租税条約を締結していない国は税金面でメリットがあるからだ。また、日本商工会議所の会員企業数は2015年4月時点で232社と2011年度の4倍に増えた。現時点では製造業は10社程度で大半は非製造業だが、スズキ、王子製紙、ワコールなど日系24社を含む製造業47社が進出するティラワ経済特区が15年秋に開業することから、製造業の本格的な進出はこれからだ。
石油ガスの上流部門はアジア企業の割合が多かったが、欧米制裁緩和後の2013~14年に実施された陸上・海洋鉱区の国際入札には欧米企業も多く応札した。特に海洋鉱区の落札企業は、米系のシェブロン、コノコフィリップス、英蘭系ロイヤル・ダッチ・シェル、仏系トタル、英BGなどメジャーが目立ち、三井石油開発もシェルと組み3鉱区落札した。
ただし、多くの欧米企業は対ミャンマー投資に慎重な姿勢を崩していない。国全体への制裁は緩和されたが、米財務省外国資産管理室が管理する経済制裁リスト(SDNリスト)があり、同リストに掲載される個人・法人と取引した場合、ドル決済が不可能となるなどの制裁が発動される。米国以外の企業が掲載企業と取引をした場合も制裁対象となる。同リストは原則、軍政時代に北朝鮮と武器や軍事取引に関わった者などが掲載されているが、有力企業が多く含まれるため、現地パートナー選定の大きな障害となっている。ただし2014年、ミャンマー商工会議所連合会会頭がリストから削除され、同会頭の企業も2015年に入り削除されるなどSDNリストによる制裁は緩和の方向にある。今後ますます投資国は多様化し、進出企業間の競争は増すだろう。

持続的成長に向けた課題

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輸出は天然ガス、翡翠、豆類など一次産品に依存する(図表2)一方、2011年9月の中古車輸入規制の緩和や2012年4月の輸出第一政策(輸出で得た外貨の範囲内でのみ輸入を認める政策)の撤廃に伴い輸入が急増し、貿易収支は2013年に赤字に転落、経常収支赤字も拡大基調にある(図表3)。今後の持続的な経済成長のためにはさらなる外資を呼び込み、産業・輸出構造を多様化させる必要がある。
そのためには次の課題が挙げられる。第一に、ハード・ソフト両面のインフラのボトルネック解消である。まずは電力・輸送・通信等の工業インフラの整備が重要だ。特に電力は乾季に停電が常態化するなど脆弱で、政府は水力発電主体からガス発電へシフトする方針だが、天然ガスの7割以上が輸出向けのためLNG輸入を開始する見通しだ。併せて、政府許認可の簡素化・迅速化・透明性の確保等、制度も改善する必要がある。第二に、農業・農産物加工業の振興である。農業はGDPの31%、農村人口は全体の69%を占める。ASEANでの中進国タイも、工業化の初期段階は農産物・加工品を輸出し外貨を稼ぐことで工業発展を支えてきた。ミャンマーは、肥沃な農地と、中・印の巨大市場に隣接する地政学的優位性を有することから、農産物・加工品の輸出を伸ばせる可能性が大きい。機械化、肥料投入、品種改良などにより生産性と品質の向上を図るとともに、輸送網の整備やバリューチェーン構築も重要となり、同分野へ外国投資を促進する必要もある。第三に、人材育成である。25歳以上の人口2,692万人のうち、就学率は大学9%、小学校45%にとどまり、未就学が16%もいる。農民が必要な知識や技術を身につけ、農業の産業化を担っていくためには教育・職業訓練が重要となる。

総選挙後の展望

総選挙は現与党・連邦団結発展党(USDP)とNLDを軸に争われる。憲法第436条の下、各議会の議席の25%は国軍最高司令官が指名する軍人枠のため、連邦議会は定数664のうち498議席が民選となる。政党支持率は信頼できる世論調査がなく正確に把握できないが、5月下旬の現地ヒアリングではスー・チー氏のカリスマ的人気の下、NLD優勢と感じられた。国民は現政権の改革を評価したとしても、それが与党USDPの支持には直結しない。USDPが軍事政権下の翼賛団体を政党に衣替えしたものにすぎず、過去の軍政に対する国民の不満は解消していないからだ。このため総選挙ではNLDが第1党となる可能性が高いが、国民の3割を占める少数民族問題が絡みNLDも圧勝は難しそうだ。NLDが過半数を取るためには少数民族を代表する政党との連携が必要だが、ビルマ族の政党であるNLDは、独自の言語・文化・宗教を持つ少数民族から警戒されている。また、大統領選挙は、選出された上院、下院および軍人議員の各グループがそれぞれ候補を選出し、3人の候補の中から最多得票者が大統領となるが、NLDが第1党になっても、英国籍の子息を持つスー・チー氏は候補に立てられない。憲法59条f項で、本人だけでなく外国籍の両親・配偶者・子供とその配偶者を持つ者は正副大統領になれないと定められており、改憲は軍が拒否権を握っているからだ。NLDは、党内にスー・チー氏に代わる人材がおらず、与党としての統治経験もない。憲法で軍の政治関与が保障されている限り、NLDも、大統領選出やその後の政権運営では、軍に歩み寄り、協力を引き出す以外にない。
NLDが政権を取り、軍との緊張関係が強まるようなことになれば、政治は不安定化し改革が停滞する懸念があり、そのような事態は改革に踏み切った軍も望まないシナリオだ。軍人から大統領を輩出し、スー・チー氏が下院議長などの要職に就くことで民主化を実現したと内外にアピールし、実質これまでどおり軍主体で改革路線が続くというのがメインシナリオで、現時点での大統領候補はテイン・セイン大統領、ミン・アウン・フライン国軍最高司令官、テー・ウーUSDP党首が挙げられる。8月中旬、テイン・セイン大統領派と対立していたシュエ・マン下院議長がUSDP党首を解任され、党指導部がテイン・セイン大統領の下にまとまったことで、USDPは劣勢を少しでも挽回するための態勢を整えた。次なる注目点は、USDPと少数民族政党との連携の鍵を握る、主な少数民族武装勢力との包括的停戦協定の締結だが、選挙前に合意にこぎ着けるのは容易ではない。ミャンマーの政局は引き続き注視する必要がある。(2015年9月1日記)

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