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株式会社三井物産戦略研究所

世界で強化される自動車燃費規制とその影響

2015年7月6日


三井物産戦略研究所
産業調査第一室
西野浩介


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自動車の燃費規制は、エネルギー消費とCO2排出の削減を目的とし21世紀に入ってから日米欧だけでなく新興国でも強化の動きが進んでいる。燃費規制は動力源の開発・改良や車体軽量化など自動車・自動車部品メーカーの戦略にも大きく影響する。世界における燃費規制の動向を概観、自動車業界への影響を考察する。

自動車燃費規制の歴史

自動車の燃費規制は、1970年代のオイルショック期に端を発する。米国では1975年にエネルギー政策・保存法(Energy Policy and Conservation Act)の下で乗用車と小型トラック(SUV、ピックアップトラックなど)に対して1985年を最終目標年度として企業別の平均燃費の改善目標が設定された。日本では1979年に「エネルギーの使用合理化に関する法律」(いわゆる省エネ法)に基づいてガソリン乗用車の燃費基準が策定された。1999年には改正省エネ法の下で、乗用車と小型貨物車にいわゆるトップランナー基準が導入され、その時の最高の性能を持つ車両をベンチマークとする燃費向上目標が設定・更新されて現在に至っている。
この間の1997年には新たな流れが加わる。気候変動枠組条約に関する京都議定書が採択され、各国が温暖化ガスの排出削減目標を設定した。これを受けて、欧州では1998年にEUとACEA(欧州自動車工業会)の間で、自動車からのCO2排出量に関する自主規制の合意が行われ、2008年までに欧州で販売される乗用車からの平均CO2排出量を140g/kmにまで削減する目標が設定された。ところが実際には、2008年の平均CO2排出量が153.7g/kmと目標に達しなかった。これを受けて同年からEU委員会では2015年までに会社別の平均を130g/km(ガソリン燃費換算17.8km/L、42.0mpg(マイル/ガロン))以下とする規制導入に踏み切った。
このように、日米においては、オイルショックを契機として、原油を中心とするエネルギー消費削減を目的として燃費規制が行われてきた。一方、欧州においては、燃費規制ではなくCO2排出規制であり、EU委員会のウェブサイトにおいても“Climate Action”の項で扱われている。目標値の設定も日米はkm/Lあるいはmpg表示であるのに対し、EUではCO2の排出量で行われている。ただし、自動車のCO2排出量は燃費に反比例するため、結果として2つの規制は同じ効果を持つ。

日米欧における規制の現状

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現状、世界で最も厳しい規制を敷いているのは欧州である。EUでは乗用車に対し、2015年の130g/kmと2021年の95g/km(24.4km/L、57.4mpg)を2つのマイルストーンとするCAFE(Corporate Average Fuel Economy)方式による規制を導入している。CAFE規制はその名のとおり、企業(自動車メーカー)別の平均値に規制をかける方式である。EU域内で一定数以上の販売を行ったメーカーは、ある年に販売した全ての車両のCO2排出量を加重平均し、その値が規制値を下回っていなければ罰金を支払う。車両ごとの規制値は、重量区分によって異なるため、メーカーごとに、販売車種構成によって異なる規制値が決められ、それとの比較において規制をクリアしたかどうかが判断される。車両重量が重いほど許容されるCO2排出量が多いのは、大型車の比率が高いメーカーが、小型車中心のメーカーに対して不利にならないように一定の差をつけているためである。規制導入時、大型車中心のドイツメーカーなどの要求を考慮して導入された。
EUでは、2014年の全メーカーの乗用車の平均排出量が127g/kmとなって規制をクリアした。2019年までは現在の規制水準が維持されるが、それ以降は、新しい基準値である95g/kmに向かって規制が強化されるため、各メーカーは平均燃費を下げていく必要がある。
日本においては、1999年に改正省エネ法に基づく目標値(ガソリン車の2005年度目標、ディーゼル車の2010年度目標)が導入されたのち、2007年に2015年度目標、2013年には2020年度目標へと順次改訂されてきた。2011年に発表された政府委員会の取りまとめによれば、ガソリン乗用自動車の2015年度の基準相当平均値は17.0km/L(137g/km、40.0mpg)に対し、2020年度の平均燃費は20.3km/L(114g/km、47.7mpg)に達すると推定されている。また、2015年度燃費基準では、車両重量区分ごとの基準達成が求められたのに対し、2020年度基準においては、メーカーが低燃費化技術の選択や車種構成を柔軟に行えるよう、欧州同様のCAFE方式が採用された。
米国における燃費規制は、EPA(Environmental Protection Agency:環境保護庁)とNHTSA(National Highway Transportation Safety Administration:国家道路交通安全局)によって施行されている。2012年10月に成立した法案では、2017年から2025年(のモデルイヤー)にかけて、乗用車と小型トラックのそれぞれに対して基準を設け、最終年度である2025年までに乗用車と小型トラック全ての平均燃費が54.5mpg(23.2km/L、100g/km)となる目標を設定している。米国においては1975年の燃費規制導入以来、CAFE方式が採用されているが、特徴的なのは、規制値を設ける車両の区分が重量ではなく、投影面積(footprint:左右両輪間の距離と前後軸の距離の積)によって設けられていることである。これは、2007年から導入されたものであるが、この制度では、重量さえ軽くすれば、車体が大きくても基準燃費が高くて済むため、車両サイズを維持しつつ軽量化を進めるインセンティブが働く。大型車志向の米国自動車需要を反映した制度となっている。
米国の自動車は他地域と比べると大きく、ガソリン価格が突出して安いこともあって全体に燃費は高く、規制値も欧日に比べるとかなり緩やかであるが、それでも現行基準下では数年遅れで同レベルまで規制が強化されていく予定である。2014年、フォードのピックアップトラックF-150シリーズのボディにアルミ材が採用されて話題になったが、大きさを誇る米国の小型トラックも燃費改善の動きと無縁ではないことを表している。
また、米国ではカリフォルニア州におけるZEV(Zero Emission Vehicle/EV(電気自動車)、PHV(プラグインハイブリッド車)、FCV(燃料電池車)の3種類を指す)規制への対応が注目されることが多いが、全米で見ればこうした車両の販売台数は1%にも満たず、CAFE方式における全体の平均燃費への寄与は限られている。

世界的な規制の広がり

新興国においても今世紀に入って自動車の普及が進むにつれ、燃費規制の動きが広がっている。自動車の世界最大市場となった中国では、2005年に第1段階、2008年に第2段階の燃費規制が乗用車に、2008年には小型商用車に対しての規制が導入された。2012年からは第3段階の乗用車燃費規制が施行されており、この規制によって2015年には乗用車の平均燃費は少なくとも6.9L/100km(14.5km/L、34.1mpg、160g/km)に改善すると見込まれている。2016年から2020年にかけてはさらに30%程度厳しい5L/100km(20km/L、116g/km)を目標とする第4段階の規制導入が提案されている。この規制では、平均燃費の規制が強化されているだけでなく、従来は「普通車」(マニュアル車)、に比べて緩やかだった「特別車」(オートマ車やSUVやMPV)の規制が普通車と同じになり、これらの車両では普通車と比較して3~5%余分に燃費を改善する必要が出てきた。また、中国で販売される乗用自動車の平均重量は年々増加しているが、第4段階の規制においては車両重量区分が上がっても許容される燃費値があまり上がらない、重量の大きい車両にはより厳しい体系になっている。中国市場では、経済成長に伴ってSUVやMPVの比率が急速に上昇し、より大型・高級車への志向が強まっており、技術力に不安のある地元企業にとっては、燃費規制の強化が売れ筋車種への傾斜にブレーキをかける要因になる可能性もある。
加えてここ数年の間に、インド、メキシコ、ブラジル、サウジアラビアなど、中国以外の新興国でも燃費規制が導入され、今や世界市場の8割以上で何らかの規制が行われていることになる。これ以外にも、石油を輸入に依存する東南アジア各国などで規制導入や税制改変の動きが進んでいる。

自動車メーカーの戦略を左右する燃費規制

自動車の燃費向上は、自動車ユーザーや国・地域というステークホルダーのいずれにとっても便益をもたらすことに加え、温暖化ガス排出の削減という大義にもかなうため反対者がない。そのため、燃費規制の導入・強化は今後も世界各国で進展することが予想される。自動車メーカーはこれまでもさまざまな方策によって燃費を改善してきたが、今後5~10年の間に規制地域が増えることに加えて規制強化の足取りが早まり、既に良い燃費をさらに大きく改善しなければならなくなるため、改善のハードルが上がってくる。また、CAFE方式によって車両群全体に規制の網をかけられることにより、EVやFCVなどを開発するだけでなく、台数で大部分を占める内燃機関車の燃費底上げを求められている。燃費規制への対応が、製品戦略や地域販売戦略を含めた自動車メーカーの全社的な戦略と競争力を左右する段階に入ってきたといえるだろう。

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