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株式会社三井物産戦略研究所

原油価格下落が湾岸産油国の国内政治経済に与える影響

2015年3月10日


三井物産戦略研究所
中東・アフリカ室
星野尚広


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湾岸産油国1は、これまでの石油ブームの流れに乗って、いわゆるレンティア国家としての性格を強めてきた。すなわち、税金ではなく、国外から集まる石油収入を元に、自国民を公務員として雇い、教育、医療、福祉などの公共サービスを手厚く提供することで、国内の安定を図ってきた。ところが、昨今の原油価格下落を受け、いくつかの国では、政策転換を迫られる可能性が出てきている。湾岸産油国はこれまでにも、1980年代後半の原油低価格時代や2008-09年の価格急落など、同種の局面を乗り越えてきた経緯がある。だが、人口はこの35年間で1,400万人から5,090万人(3.6倍)に増え、「アラブの春」前後(2010年から14年)で国家歳出は1.5倍に膨れ上がっている上、米国のシェールオイル増産が続く状況での原油安は、これまでにない難局と言っても過言ではない。
本稿では、原油価格が一定割合下落した場合の一次的な影響を概観した上で、それが湾岸産油国の国内政治経済にどのような圧力をかけるか、すなわち二次的、三次的影響がどのような形で表れてくるかについて考察し、企業が当該地域でビジネスを行うに当たって念頭に置いておくべき点を提起したい。

輸出は合計約3,000億ドル減少する

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原油安が湾岸産油国の経済に与える一次的影響については、IMFが既に試算を発表している。それによると、年平均原油価格2が99.4ドル/バレルから56.7ドル/バレルまで下落した場合(以下、原油価格の下落幅はこれを前提とする)、湾岸産油国からの輸出は合計約3,000億ドル減少する。石油輸入国にはその分の所得移転効果がもたらされることになるが、湾岸産油国にとってこれは、名目GDPの21%に相当するマネーのインフローが消失することを意味しており、影響は大きい。これを主な理由として、IMFは1月、湾岸産油国の2015年実質GDP成長率見通しを2014年10月時点の予測値から1.0%ポイント引き下げ、前年比3.4%に下方修正した。2013-14年を底にして上向くとされていた経済は、逆に減速する公算が強まった格好だ。
経済成長の鈍化は、民間セクターにおける雇用機会拡大を抑制するなど、地域にさまざまな影響をもたらす。ただ、より注目すべきは財政収支と経常収支の悪化の方だろう。レンティア国家にとって重要なのは、国民に手厚い公共サービスを提供するのに必要な収入を確保できるかどうかだからだ。
湾岸産油国では、いずれも国家歳入全体に占める石油関連収入の割合が高い上(図表1)、政府が石油利権を掌握しているため、原油安は政府の歳入減に直結する。他方で、いずれの政府も歳出削減は行わず、歳出拡大路線を継続する構えを見せていることから、2015年の財政収支は、対GDP比6.3%の大幅赤字に転落する見込みだ。経常収支も、輸出が大きく減少することによって、黒字幅が同1.6%に急降下する(図表2)。結果的に、湾岸産油国の財政・経常収支はいずれも、ここ十数年間で最も低い水準にまで悪化することになる。
このような財政・経常収支の著しい悪化が何を意味するのか。以下これに続く影響について考えてみたい。

耐久性の低い国では政策転換圧力が強まる

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湾岸産油国は2015年、原油価格下落の影響から合計892億ドルの財政赤字を計上する見込みだが、おおむねどの国もこれまでに蓄積した対外資産を取り崩すなどして赤字分を補てんする方針を示している。そのため、各国の耐久性の高さは、見込まれる財政赤字に対してどの程度の公的対外資産(ストック)を有しているかで推測することができる。なお、湾岸産油国では、石油収益が王族にも配分されるという特徴があり、これらの国の公的資産を考える場合には、①王族保有の資産、②通貨当局保有の資産、③主要政府系ファンド(SWF)保有の資産の3つを積み上げる必要があるが、王族資産のデータは入手が困難であるため、本稿では②と③の合計を公的対外資産残高としている。
このデータをもとに、耐久性の高いほうから並べると、クウェート、カタール、UAE、サウジアラビア、バーレーン、オマーンの順になる(図表3)。資産の流動性に違いはあれど、クウェート、カタール、UAEは、価格の下落に十分耐え得る体質および余力を有している。一方、サウジアラビアは、2015年に見込まれている程度の赤字をこのまま計上し続けていくと、2025年には資金不足に陥る懸念が生じる。そしてオマーンとバーレーンに至っては、資産の余力が4年足らずとなっている。しかも、オマーンでは、44年間にわたって国を統治してきた国王が現在健康問題を抱えており、不安定化リスクが重なる。
実際に資産が枯渇しそうになれば、現実的にはそれらを全て使い切る前に借り入れを増やすことになろうが、いずれにせよ耐久性の低い国では政策転換への圧力は日に日に増していくことになる。オマーン、バーレーン、サウジアラビアにとって、省エネ、産業多角化、公共・行政サービス料引き上げ、さらには税制改革も、もはや長期的な目標ではなく、短中期的に取り組まなくてはならない課題となるだろう。

新規対外投資は縮小し対内投資誘致力学が強まる

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湾岸産油国はこの15年間、歴史的な原油高を背景に、毎年約1,750億ドルの経常黒字を稼ぎ出し、その巨額マネーを傘下のSWFを通じて世界の金融市場に還流させてきた。一括りにSWFといっても、運用方針や帰属性は多種多様である上、総じて情報開示レベルが低いため、全体像を正確につかむのは困難だが、4つの主要なSWF:アブダビ投資庁(ADIA)、サウジアラビア通貨庁(SAMA)3、クウェート投資庁(KIA)、カタール投資庁(QIA)だけでもその資産規模は2.3兆ドルに上るとされる。これらSWFのマネーが、足元の原油価格下落によって悪化する国家財政を補てんするために、逆流するのではないかという警戒感が市場関係者の間に漂っているが、世界経済に大きな影響を及ぼすような逆流現象は短期的には起こらないだろう。
そもそも2015年に見込まれている湾岸産油国全体の財政赤字は前述のとおり合計892億ドルで、SWFの運用額と比べはるかに小さい。しかも、当該赤字分のうち大部分がサウジアラビアの財政赤字であるため、顕著な現象といえば、同国の対外資産を管理するSAMA保有の米国債が売られることぐらいだろう。従って、SAMA以外の主要SWFの保有資産残高が受ける影響は、当面に限っては軽微にとどまると考えられる。
ただし、経常黒字縮小による影響には注意が必要だ。原油価格下落によって輸出額が大きく落ち込むことで、湾岸産油国の経常黒字は2015年、224億ドルに縮小する。これは、湾岸産油国からの新規対外投資がここ2、3年の勢いと比べると、全体として15分の1程度にまで縮小する可能性、そして中長期的には対外よりも対内投資(資本流入)誘致力学が強まる可能性を示唆している。なお、主要SWFに比べて小規模なため、目立たないかもしれないが、大幅な財政・経常赤字に直面するオマーン(図表4)では、新規投資が縮小するだけにとどまらず、傘下のSWF4の保有資産残高も大きく減少する可能性が高い。

原油安が続けば情勢が不安定化する可能性も

このように、原油価格下落の影響は、湾岸産油国の中でも国によって大きく異なる。クウェート、カタール、UAEは大きな余力を有しているため、影響は軽微にとどまる一方で、サウジアラビア、バーレーン、オマーンが受ける影響は大きなものになりそうだ。このまま原油安が続けば、まず、バーレーンとオマーンがレンティア国家としての体制を維持できなくなるのは明白で、さほど遠くないうちに、国民に負担を求める制度を導入していかなければならなくなる。バーレーンに対する最大の支援国であるサウジアラビアも徐々に余裕がなくなっていくだろう。これらの国が国内制度を本格的に改革する局面に入った場合、「アラブの春」のような大規模な民主化運動は起こらずとも、国民の不満が広がり、政情が不安定化する可能性は否定できない。当該地域に展開する企業は、このような点を念頭に置いた上、関連する動向を注視しつつ、ビジネスを行っていく必要があるだろう。


  1. サウジアラビア、UAE、カタール、クウェート、オマーン、バーレーンの6カ国。
  2. ブレント、ドバイ、WTIの平均。
  3. SAMAは通貨当局であるため、他のSWFとは性質が大きく異なるがここでは便宜上SWFとしてカウントしている。
  4. オマーン投資基金(OIF)や国家準備基金(SGRF)等。

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