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株式会社三井物産戦略研究所

COP21を踏まえた石炭火力発電の今後の可能性

2016年4月8日


三井物産戦略研究所
技術第一室
菊池雄介


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石炭は、豊富な賦存量、賦存地域の分散、低位で安定している価格等の特長を有しており、石炭火力発電は重要な電源として位置付けられている。一方で、課題は他の電源と比較した場合の二酸化炭素(CO2)排出量の多さだ。
2015年11月末から開催された国連気候変動枠組条約第21回締約国会議(COP21)では、パリ協定が採択され、史上初、全ての条約締約国が参加する温室効果ガス削減の法的枠組みに合意した。同協定では、世界共通の目標として、産業革命以前と比較して世界の平均気温上昇を2℃よりも十分低く抑え、かつ努力目標として1.5℃にも言及、今世紀後半における温室効果ガスの人為的排出と吸収の均衡にも触れた。実効性に課題は残るものの、今後、世界的に、温室効果ガス削減に向けた取り組みが進んでいくことを予期させる内容となった。
本稿では、石炭火力発電をめぐる規制強化の動きと技術開発の動向を概観し、石炭火力発電の今後の可能性を考察する。

進む石炭火力発電への規制強化

近年、温室効果ガス削減の機運の高まりとともに、石炭火力発電に対する規制強化が進んでいる。欧米では特にその動きが顕著だ。通常の石炭火力発電所が新設できないレベルのCO2排出規制の導入はその一例である(図表1)。
その他、英国では炭素価格の下限を定めるCarbon Price Floor1が導入され、石炭火力発電所の経済性は悪化している。COP21開催前には、ラッド・エネルギー・気候変動相が国内石炭火力発電所の運転を2023年までに禁止、2025年までに原則全廃する方針を発表した。米国では、クリーンパワープラン(CPP)にて、2030年に2005年比で発電セクターからのCO2排出量を32%削減する目標を設定、州ごとに削減目標を課し、各州へ削減計画の策定および実行を求める方針だ2
新興国でも規制強化の動きが見られる。中国政府は、2020年までに、石炭火力発電における平均石炭消費量を、既設発電所で310g coal/kWh未満、新設発電所で300g coal/kWh未満に抑える目標を打ち出した。インドでは、PAT(Perform, Achieve and Trade)制度にて、既設発電所に対し熱効率の改善目標を課している。新設に対しては超臨界圧3以上の熱効率を持つ技術に限定する方針だ。
日本では、省エネ法で新設火力発電に対し熱効率の基準を新設、石炭火力発電では42%以上4の基準を適用する方針だ。エネルギー供給構造高度化法では、2030年度における非化石電源の比率を44%以上とすることを小売電気事業者に求める方針である。いずれも2016年度内に施行予定である。
国際開発金融機関も厳しい姿勢である。2013年、世界銀行、欧州投資銀行、欧州復興銀行、米国輸出入銀行が相次いで途上国での石炭火力発電案件への支援を制限する方針を発表した。2015年11月には、OECD輸出信用部会が、超々臨界圧3案件への支援は従来どおり認めるものの、超臨界圧および亜臨界圧3案件への支援は制限する方針で合意した。本合意には、2℃目標に関する科学的知見や技術開発動向を考慮し、2019年6月までに内容を見直す条項が含まれており、今後、さらなる規制強化の可能性がある。

石炭火力発電からのCO2排出削減に向けた取り組み

石炭火力発電の高効率化はCO2排出削減の一つの方策である。図表2は代表的な高効率石炭火力発電技術の例である。世界の石炭火力発電の平均CO2排出原単位はおおよそ1,000gCO2/kWh前後とみられ5、表中の高効率技術は発電量当たりのCO2排出量を約2割~4割削減できる。
ただ、この削減の議論は石炭火力発電間での比較に限られ、天然ガスコンバインドサイクル発電(CO2排出原単位:約350gCO2/kWh)と比較すると到底及ばない。石炭火力発電からの抜本的なCO2削減にはCO2回収・貯留(CCS:Carbon Capture and Storage)が必要だ。2014年10月にはカナダで石炭火力発電における世界初の商用規模CCSプロジェクトが開始され、2016年には米国で2件新規プロジェクトが開始予定であるなど、実績は増えつつあるが、本格的な普及にはまだ程遠い状況である。主な理由としては、①高いコスト、②低迷する炭素価格、③不十分な制度整備、④社会的合意形成の難しさ、が挙げられる。

気候変動対策のシナリオと石炭火力発電の今後

石炭火力発電を取り巻く状況は厳しさを増しているが、現状を踏まえると、当面は引き続き重要な電源であり、急減な減少はむしろ例外的で、新興国では新設も進むと考えられる。
図表3は、IEAのWorld Energy Outlook2015における、2013年と2040年の石炭火力発電の発電量、発電量の年平均成長率、および総発電量に占める石炭火力発電の発電量とそのシェアである。2040年については、IEAのメインシナリオである新政策シナリオ(各国で既に導入済み、もしくは導入可能性のある政策を考慮)に加え、450シナリオ(温室効果ガス濃度を450ppmで安定化し、2℃目標を達成)を併記している。新政策シナリオでは、国・地域により差はあるものの、石炭火力発電は2040年時点でも引き続き重要な電源の位置付けである。特に中国、インドでは発電量が伸び、シェアも5割前後を維持する。一方、450シナリオでは、いずれの国・地域でも発電量、シェアともに大幅に減少する。確かに、気候変動対策の強化が石炭火力発電に与えるインパクトは大きい。
ただし、現状は450シナリオと大きく乖離している。COP21に先立ち、各国は2020年以降の削減目標を含む約束草案を国連気候変動枠組条約事務局に提出した。同事務局の分析によれば、各国の約束草案を合計した場合の2030年の世界の温室効果ガス排出量は、2℃目標達成シナリオから151億tCO2/年も超過している。一方で、パリ協定では、米国や新興国の参加を重視し、削減目標の達成や目標引き上げを義務付けていない。この状況で、エネルギー事情や経済状況を無視してまで、各国が直ちに削減目標を引き上げるとは考えにくい。同協定では、5年ごとの目標提出(次は2030年目標を2020年までに提出)と5年ごとの進捗確認(グローバルストックテイク:2023年開始6)を規定しており、このサイクルを繰り返すなかで、各国に自主的な目標の引き上げを促していくこととなる7
当面、各国は自国の状況を踏まえた現実的な削減対策を進めることになるだろう。新興国では、「石炭火力発電の高効率化によるCO2削減」も現実的な対策だ。実際に、中国、インドは、約束草案で、石炭火力発電の高効率化を対策の一つに挙げている。両国の約束草案は2030年を見据えたものだ。こうした新興国を中心に、石炭火力発電は高効率化を進めつつ利用され続け、容量追加も続くと見込まれる(図表4)。
将来的には、新興国を含めて大幅な削減目標引き上げで足並みがそろい、石炭火力発電が急激に減少する可能性もあるが、少なくとも現段階では、2030年以降を見据えた長期的なイシューとして捉えるべきだろう。パリ協定では、2020年までに、2030年目標とともに、長期の低排出発展戦略の提出を要請している。各国はどのような長期シナリオを描くのか。2020年は一つのポイントになる。引き続き動向を注視したい。


  1. 政府が炭素価格の下限額を定め、EU域内排出量取引制度の価格との差額を課税。2016年度以降の課税額は18ポンド/tCO2
  2. CPPは2015年10月23日に官報掲載後、国内27州および複数の企業が合法性をめぐり訴訟を提起、同時に訴訟終結までCPP実施延期を求めた。2016年2月9日、最高裁判所はCPPの実施を延期する命令を下した。
  3. 蒸気温度566℃以下、蒸気圧力22.1MPa以上の蒸気条件を超臨界圧、超臨界圧のうち蒸気温度566℃超を超々臨界圧と呼ぶ。蒸気圧力22.1MPa未満は亜臨界圧と呼ぶ。
  4. 高位発熱量(燃焼時に生成する水分の凝縮熱を含む熱量)、発電端ベースの値。
  5. IEA World Energy Outlook 2015に掲載されている、世界の石炭火力発電の発電量およびCO2排出量(いずれも2013年)から試算。
  6. 緩和(全体の削減量評価・進捗確認)のみ2018年開始(促進的対話)。
  7. 気候感度(温室効果ガス濃度が2倍になった際の気温上昇幅)に関する科学的知見には不確実性が残っており、排出許容量の設定に影響する点も留意が必要。

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