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株式会社三井物産戦略研究所

グローバル・ジハード・テロの現状

2016年5月2日


三井物産戦略研究所
中東・アフリカ室
白戸圭一


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イスラム国家樹立を目指すグローバル・ジハード(世界規模の聖戦)思想に基づくテロが相次いでいる。トルコ、チュニジアなど治安が比較的安定していた中東・北アフリカ諸国に加えて、フランスやベルギーといった欧州中枢がテロに見舞われている(図表1)。
ウサマ・ビンラディンが創設したアルカイダ(アルカイダ・コア)は対テロ戦争で追い詰められ、2011年のビンラディンの死で弱体化が決定的になった。だが過去10年の間に、世界のテロの主役はアルカイダ・コアから、①各地のローカルなアルカイダ系組織、②イラクとシリアの一部領域を支配するイスラム国(IS)、③ローンウルフ(一匹狼)や小規模グループ……に交代し、グローバル・ジハード・テロの発生メカニズムは大きく変化した。

拡大するイスラム国(IS)

現在、国際社会に最大の影響を与えているグローバル・ジハードのテロ組織はISだろう。米国のメリーランド大学の研究チームが運営するグローバル・テロリズム・データベースによると、2014年に全世界で発生したテロは16,818件で、前年の11,999件の約1.4倍だった。死者は32,684人で、前年の18,111人の約1.8倍だった。このうち犯行声明やメディアの報道等に基づいて「ISによるテロ」と分類されたテロは、組織別で最多の1,071件と6.4%を占め、死者は6,073人と18.9%を占めた。
2015~16年前半の統計は未集計だが、発生件数およびISが関係するテロは引き続き高水準で推移しているとみられる。エジプトでのロシア機墜落テロ(2015年10月31日)、パリ同時多発テロ(同年11月13日)、ブリュッセル連続爆弾テロ(2016年3月22日)など国際社会に衝撃を与えた最近の大規模テロでは、ISまたは傘下組織が犯行声明を出した。犯行声明のない事件でも、実行犯がISへ忠誠を誓っていたことが捜査で判明したケースもある。
ISはフセイン政権崩壊後のイラクで台頭したアルカイダ系組織(通称・イラクのアルカイダ=AQI)を母体とし、2013年以降のシリアでの活動をめぐってアルカイダ・コアと対立して袂を分かった。指導者アブー・バクル・アル・バグダディーは、自らカリフ(イスラム共同体の最高指導者)を名乗っている。
ISの支配領域には、地元出身のメンバーに加えて、世界中から外国人戦闘員が流入している。テロ対策専門家の元FBI捜査官が設立した米国の情報企業ソウファン・グループは2015年12月、イラク、シリアに流入している外国人戦闘員は86カ国約31,000人との推計を発表した。出身国別で最多はチュニジアの6,000人で、サウジアラビアの2,500人、ロシアの2,400人がこれに続いた。一方、米国のマクガークIS担当大統領特使は2016年2月下旬時点で、イラク、シリアにとどまっている外国人戦闘員は約25,000人との見解を示している。戦闘員の多くは10代後半から30代前半の若年層だ。
ISがイラクで領域支配を実現した2014年6月時点で、外国人戦闘員は81カ国の約12,000人と推定されていた。米国は2014年8月に対IS空爆を開始し、これまでに英国、フランス、ベルギーなど13カ国が空爆に参加した。ロシアも2015年9月以降、シリア領内のISを独自に空爆してきた。だが、外国人戦闘員の増え方を見る限り、空爆の効果は限定的だったと考えざるを得ない。
戦闘員になることを目指す外国人のIS支配領域への流入を阻むには、シリアとの間に約900kmの国境を共有するトルコの協力が不可欠だが、米政府によると、約100km分の国境管理が不十分で、外国人がIS支配領域に自由に出入りしている。また、マクガーク特使によると、ISは最近、外国人戦闘員にリビアへ向かうよう促しており、支配領域が飛び地的に拡大する可能性が強まっている。

テロ発生メカニズムの変化

空爆を強化すれば、ISの支配領域をイラク、シリアの一部に限定することは可能かもしれない。また、中東、アフリカ、南アジアなどに点在するアルカイダ系組織の活動は地域限定的で、国際社会全体の脅威とまではいい難い。
だが、グローバル・ジハード主義者による先進国でのテロを防ぐのは困難になっている。最大の理由は、過去10年ほどの間に生じたテロの発生メカニズムの変化だ。
2001年の「9.11テロ」までグローバル・ジハード・テロの主役だったアルカイダ・コアは、ビンラディンやアイマン・ザワヒリら指導部がテロを企画し、資金や兵站を準備していた。このためアフガニスタンの拠点が米国に攻撃され、金融制裁によって資金源を断たれると、弱体化して自らテロを企てることは困難になった。
そこで、グローバル・ジハード運動の理論家たちは、米国主導の対テロ戦争に対抗できる新たなテロの方法論の構築に取り組んだ。グローバル・ジハードの思想に詳しい池内恵・東京大学先端科学技術研究センター准教授によると、その代表的理論家はビンラディンの側近だったアブー・ムスアブ・アッ=スーリーである。スーリーは2004年に『グローバルなイスラム抵抗への呼びかけ』という論考をインターネット上に発表し、グローバル・ジハードの思想に共鳴した世界各地の無数の個人・組織によるテロを提唱した。
こうした理論は世界各地の過激主義者に強い影響を与え、近年はこれを実践した形のテロが多発するようになった。
先述したとおり、イラクからシリアにかけての地域には、アルカイダ・コアに代わってグローバル・ジハードの主役となったISが根を張っている。だがISの中枢は、イラク、シリア、リビアなど崩壊国家での支配領域拡大を第一義的に追求しており、彼らが世界各地でのテロを個別具体的に企ててきたとの情報は、現時点では存在しない。
IS中枢の役割は、主にインターネットを通じて各地の過激主義者を触発、刺激、扇動してテロをけしかけることであって、多くの場合、過激主義者たちは自発的にテロを実行しているとみられる。「エジプトでのロシア機墜落テロ」と「パリ同時多発テロ」の実行グループは、ともにISに共鳴し、IS支配地域に渡航して訓練を受けた者もいるが、両者の間に共通の指揮系統はなく、互いに独立したグループだった。米カリフォルニア州の福祉施設で2015年12月、夫婦が銃を乱射して14人を殺害した事件では、実行犯がフェイスブックで一方的にISへの忠誠を誓っていたにすぎなかった。
各地の過激主義者が自発的にテロを実行すると、IS中枢はこれを称賛し、場合によっては「犯行声明」を出す。そうすると、新聞やテレビは、テロを「ISの犯行」と単純化して伝える。こうしてISは、巨大なテロ組織が世界を覆っているかのような印象を広め、グローバル・ジハード・テロの世界における自らのブランド力を高めることに成功している。
攻撃目標の選定から資金調達までを組織中枢が主導するアルカイダ・コアのような組織であれば、中枢への軍事・資金両面の攻撃で組織を機能不全に追い込むことが可能だろう。
だが、現在のグローバル・ジハード・テロは、これまで見てきたような非集権的な構造の中で発生しており、そこには軍や警察の標的となる「組織中枢」の姿が見えない。世界各地で発生している「ISの犯行」とされているテロの中には、IS中枢の実質的関与の度合いが限りなく小さいものが多数存在している。従って、IS中枢を軍事力で叩いても、世界各地の小規模グループやローンウルフの自発的テロを根絶することにつながらない。また、彼らのテロに必要な資金は、個人が日常的に調達できる程度の少額であるために、金融制裁の発動もほとんど意味を持たないのである。

急を要する「過激主義者」への対応

パリとブリュッセルで大規模テロが続いた現在、最も懸念されているのは、欧州で再びテロが発生する可能性である。
オランダの研究機関「国際テロ対策センター」は4月初旬、欧州28カ国を対象とした外国人戦闘員に関する調査結果を発表した。それによると、2011年から2015年10月までの間、欧州からイラクまたはシリアに渡航し、ISに参加した外国人戦闘員は3,922~4,294人の間であると推定される(図表2)。国別では、フランスが最多の900人以上で、ドイツ、英国が最大760人でこれに次ぐ。ベルギーは420~516人と推定されるが、人口比では最も多い。
報告書は、ISに参加した欧州出身者の14%は空爆等で死亡したと推定する一方、全体の30%は既に帰国したと推定しており、パリ、ブリュッセルのテロの実行犯のように、本国でテロを起こす可能性が高いと警鐘を鳴らしている。
先進国の市民生活に戻ったISの元戦闘員によるテロが、空爆で防げないことはいうまでもない。警察庁警備局外事情報部長の松本光弘氏は、各地に分散した過激主義者が自発的に引き起こすテロへの対抗策として、過激主義者のネットワークの全体像を解明した上で、多数の過激主義者を結ぶ「ハブ」となっている人物を探知し、事前に摘発することの重要性を指摘している。テロ対策に当たる当局の事前探知能力の向上と、それを担保する法的・財政的基盤の整備といった地道な対策を進める以外に、テロを予防する道はないだろう。
また、国際テロ対策センターの調査では、ISへの参加者にはイスラム教に改宗した者が多数含まれ、フランスではIS戦闘員になった者の23%が改宗者とみられることも判明した。ISはインターネット上へのプロパガンダ映像の公開などメディア戦略に優れており、差別や閉塞感にさいなまれている欧州各国の若者が、イスラム教徒であるか否かにかかわらず、「戦闘員予備軍」としてISに狙われている。テロを防ぐためには、若者が過激思想に染まることを防ぐ施策も急務になっている。

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