Main

株式会社三井物産戦略研究所

早期実用化の期待が高まる「準自動運転車」-カギを握る人・機械の協調技術-

2016年9月9日


三井物産戦略研究所
知的財産室
平田祥一朗


Main Contents

近年、自動運転車をめぐっては、国内外の大手自動車メーカーや部品メーカーに加え、IT企業などの異業種からも多くの企業が参入し、開発競争が盛んになっている。そのようななかで、2016年5月に米フロリダ州で米テスラ・モーターズ製の電気自動車が自動運転モード中に初の死亡事故を起こしたことで、技術面を中心に、自動運転車が抱える課題があらためて注目されている。
事故を起こした電気自動車は、前方車両との距離を維持する「アクティブクルーズコントロール(ACC)」と車線を維持するする「レーンキープアシストシステム(LKAS)」が組み合わさった「半自動運転車(レベル2)」であり、事故原因は、運転者が自動運転機能を過信した結果と解されている。にもかかわらず、この事故を契機に、法整備などの課題が多い「完全自動運転車(レベル4)」に先んじた実用化が期待されている「準自動運転車(レベル3)」の安全性を懸念する見解が散見され、準自動運転車の2020年代前半の実用化と普及機運に影を落としている。
本稿では、自動運転車の国際的な法整備の動向について整理した上で、特に準自動運転車(レベル3)の実現化のための課題と取り組みに着目し、今後の展望について論じる。

国際的な法整備の動向

自動運転車とは、カメラやレーダーを用いて周囲の状況を認識し、ハンドルやブレーキを自動操作する車のことをいうが、より正確には、米国の国家道路交通安全局(NHTSA)によってレベル0(手動運転)からレベル4に分類・定義されており、レベル4の完全自動運転車では、自動走行システム(以下、単にシステムとする)によって運転が制御され、運転者が運転に全く関与しない(図表1、図表2)。
自動運転車も自動車である以上、公道を走行する際は、当然に交通規則に従うことになる。各国の交通規則は、自国が批准している国際的な道路交通規則を定める条約に基づいて作成されており、そのような道路交通に関する条約には、日本や米国等が批准するジュネーブ条約(1949年採択)と欧州諸国等が批准するウィーン条約(1968年採択)が存在する。ジュネーブ条約では、第8条「一単位として運行される車両又は連結車両には、それぞれ運転者がいなければならない。」と定義されており、自動車を含む車両には、人間である運転者が同乗し、運転者の責任の範囲内で運転を制御していることが前提となっている。従って、準自動運転車や完全自動運転車は、この前提を満たさないものとして、文言上、当該条約の締約国の公道を走行することができないことになる。
ウィーン条約では、第8条「あらゆる走行中の車両か連結車両には、運転者がいなければならない。」と定義されていたが、2014年に一部内容が改正され、「運転者がシステムに操作介入(オーバーライド)できること」や「自動運転機能のスイッチをオフにできること」を条件とした自動運転車、すなわち、準自動運転車の公道での走行が条約上可能となった。
ジュネーブ条約でも、ウィーン条約と同内容の改正案が提出されており、完全自動運転に先んじた準自動運転車の実現のための法整備を数年で完了すべく作業が進められている。ジュネーブ条約の締約国である日本では、現在、国内関係法(道路運送車両法、道路交通法、自動車損害賠償保障法、道路法)の「拡大解釈」によって準自動運転車の公道実証実験が実施されているが、ジュネーブ条約の改正に合わせて国内関係法が整備されることで、法律上、公道での準自動運転車の走行が認められることになり、一般への普及拡大が予想される。

準自動運転車が抱える課題-運転主体の交替-

前述したように、普及に向けた法整備の検討が進められている準自動運転車では、システムによる自動運転が行われる。しかしながら、システム機能限界時や故障時には、システムから運転者への運転主体の交替、すなわち、自動運転から手動運転への切り替えが行われる。
このような準自動運転車では、自動運転によって運転操作や交通状況の監視に関する作業負荷が軽減される一方で、システムトラブル等の異常時には、運転者が運転操作を行う必要があり、これに伴う問題を抱える。具体的には、システムによる自動運転中に運転操作から解放された運転者は、運転以外の作業(例えば、携帯電話の操作等)に集中したり、睡魔に襲われたりすることで、状況判断力が大幅に低下する。そのような状況では、限られた交替時間の中で十分な状況判断ができず、事故発生リスクが著しく増大するという問題が生じる。
このような問題は、準自動運転車に特有なものとして強く懸念されており、国内外の研究機関によって科学的な検証が進められている。

協調技術と新たな保険による課題解決

運転者とシステムの間での円滑な操作介入や運転主体の交替を実現するための技術として、人(運転者)と機械(システム)の協調技術が必須となる。人・機械の協調技術では、運転者の状態を監視・把握するセンシング技術と、運転主体の交替時に運転者に必要な情報を迅速かつ適切に表示するHMI(Human Machine Interface)が対で必要となる。
センシング技術については、例えば、オムロンが開発した、ハンドル周辺に設置されたセンサーとAI(人工知能)技術とを組み合わせたシステムがある。このシステムでは、まぶたの開閉や頭部の向き、視線や姿勢の変化を検知することで、走行中の脇見や眠気、飲食や体調悪化などの状態を推定する。その推定に基づいて正常な運転に戻れるまでの時間を判定し、すぐに運転に復帰できないと判断された場合には自動車を路肩に停車させるなどの安全対策を講ずることが可能となる。また、自動車事故の多くは、運転者の不注意や怒りの感情によって引き起こされていることから、体調などに関する運転者の状態情報だけでなく、運転者の感情の検知・推定に関するセンシング技術の研究開発も米国で進められている。
次にHMIとは、運転者とシステムが情報をやり取りするための装置やソフトウエアなどの総称を指し、注意喚起や警報を表示・発信するディスプレイや、運転者の音声やジェスチャーに反応する入力装置等が含まれる。HMIを活用することで、センシング技術によって得られた運転者の状態情報と、交通状況や車体の操作・位置・速度等の環境情報を総合的に判断して、例えば一時的な居眠りのためすぐに運転に復帰できると判断された場合には、運転者の状態に応じた警報を表示・発信することにより、運転者の覚醒を促すことが可能となる。
他方、運転主体の交替時の事故発生リスクに技術的に対応できない問題を解決すべく、準自動運転車による事故に対応可能な損害保険商品の開発も重要となる。現状の自動車では、運転者の過失の有無を判断することで責任主体を認定しているが、自動運転によって発生した事故の場合、運転者の過失に加え、システム上の欠陥やサイバー攻撃等も考慮しなければならず、責任の所在が曖昧になることで、損害保険会社の査定に大きな影響を与えることが予想される。そのため、国内外の損害保険会社は、公道での実証実験に参画し、収集した走行時のビッグデータを活用した自動運転車の事故発生リスクの研究を進め、新たな損害保険商品の開発に取り組んでいる。

今後の展望

これまで述べた人・機械の協調技術の重要性を裏付けるかのごとく、かねてより各国で官民一体プロジェクトが進められている。例えば、米国では、2010年より運輸省の研究・革新技術庁(RITA)において、欧州では、2011年よりオランダ応用科学研究機構(TNO)が主導するSMART64プロジェクトにおいて、センシング技術やHMIに関する議論や検証が進められている。日本でも、「総合科学技術・イノベーション会議(CSTI)」による「HMIタスクフォース」設置(2015年12月)等、積極的な動きがある。このように人・機械の協調技術では、国際間での競争が激しくなりつつある一方、将来の普及に向けた協調の動きもある。例えば、日本は、国土交通省が経済産業省と連携し、国連欧州経済委員会(UNECE)を通じて、運転者が警告に応答しない場合の安全性確保に向けたルール策定等をEUと協調して進めている。
準自動運転車の早期実現には、競争と協調がバランス良く進められることが肝要であり、今後、日本がどれだけ存在感を発揮して役割を果たせるかが注目される。日本が役割を発揮できれば、オリンピックイヤーの2020年に準自動運転車を国内で実現することは決して不可能ではなく、自動車産業において日本は引き続き主役で居続けられるに違いない。従って、今後の人・機械の協調技術をめぐる各国取り組みの進展は要注目といえよう。

Information


レポート一覧に戻る